今しかない、この瞬間を
かと思ったら、今度はいきなり俺にギュッとしがみついて来た。

何だ?何だ?

やっぱりわかんねーぞ。

だけど、こんなの珍しいから、ちょっと嬉しいかも。


「何? もう。今日はどうしたの?」

「うん.......。」


朱美さんは笑顔を浮かべたまま、ジ~っと俺の顔を見ている。

でも、その笑顔はゆっくりと崩れて行って、だんだん切ない表情になり、終いには目に潤ませて涙を溜めている。

待てよ。 いくら何でも様子がおかしくないか?

これは絶対、何かある.......


「光汰、あのね、私、実家に戻ることにした。」

「.......え?」

「ちょっと前に母が体を壊したの。兄が近くにいるんだけど、仕事を辞めてまで面倒を見ることはできないし、兄には家族がある。だから、私がそばにいてあげようと思って。」

「.......。」

「私が未婚の母になっちゃったから、母には随分、気苦労をかけたわ。いい加減、親孝行しなくちゃ、バチが当たるよね。」

「.......。」

「ここにいても、もう彼にはほとんど会えないし、こんな中途半端な暮らしは陽成にとっても良くないってずっと思ってたの。いつ戻ろうかって迷ってたから、これが良いタイミングなのかもしれない。」

「.......やだよ、そんなの。」

「ごめんね。でも、もう決めたの。」

「ねぇ、実家に戻っても、たまには会えるよね?」

「.......。」

「俺が会いに行ったら、会ってくれる?」

「ダメよ。それは光汰にとって良くない。」

「そんなことない。」

「ううん、ダメ。光汰みたいなステキな男の子が、いつまでもこんな子持ちのおばさんに固執してたらダメなの。」

「でも.......。」

「わかって。私だって、辛いんだから。」

「.......。」
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