今しかない、この瞬間を
ダッシュで別棟へ向かうと、階段の下で、さっき彼にしがみついていた男の子に遭遇した。

よく見ると、手に妖怪ウォッチの水筒を持っている。


「あっ、お姉さん、陽成、これ見つけたよ。」

「えっ? もしかして忘れ物?」

「そう。転がってた。」

「ホントぉ!? ありがとう。」


よく見ると、ユニフォームの背中に「yousei」とネームが入っている。

そうか、陽成くんていうのね。

なんてイイ子なのかしら。 助かった!!


あ、でも、この子のママは?

送り迎えの子だとは言え、幼児を一人で放置しておく訳にはいかない。


「陽成くんのママは?」

「コーチとお話してるから、先行っててって。」

「そう、なの?」

「うん。」


本当にまだ話してるのかな?

もうすぐ、次のクラス始まっちゃうじゃん。

この子、一人で放っておけないし、様子見に行った方がいいかな.......


「ねぇ、待って、朱美さん。」


.......え?

今のは彼の声だよね?


なんで「朱美さん」?

「朱美さん」って誰?

だって、今、階段の上にいる女の人って.......


何故だかそれ以上聞いてはいけない気がして、階段を上るのを止め、咄嗟に隠れた。

急に息苦しくなって、ドキドキが止まらなくなった。

どうしようもなく嫌な予感がして、胸がギュウっと締め付けられる。


でも、今の声が何だったのか知りたい。

こんな不安を抱えたままじゃいられない。

怖くて怖くてたまらないけど、このまま、ここから逃げ出したくはない。
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