砂漠の賢者 The Best BondS-3
第三章【姫君の夜会は狂乱さながらに】
1.

 美しすぎる顔というのは、時に性別さえ越えてしまうものらしい。

「……う、はあ……」

 ゼルは目の前に立つ女性に思わず感嘆の声を漏らした。
 すらりとした長身に首を半ば隠すように立った襟、
 体の線をわからなくするようなシャーリングの入った腰下に、袖がひらひらと広がった深紅のドレスに身を包んだその姿。
 美人コンテストでもあれば、入賞間違いなしの美女である。

「欲情すんなよ?」

 だから、聞こえるその声の低さにはわかっていてもがっかりした。
 妙な色気を纏う声も、流石にこの容姿には低すぎて似合わない。

「中身知ってて欲情すっかよ」

 胸の辺りまである豪奢な巻き髪も切れ長の瞳も色は漆黒。
 立ち姿までも艶やかなその『女性』は今、口をへの字に曲げて心底嫌そうな顔をしている。

「お前の方が絶対面白いってのに……」

「面白くしてどーすんだっ!」

 化粧を施した『女性』――もとい、女装したジストはゼルの顔を見てにやりと笑った。
 何かを企んでいるものではない。
 思い出し笑いだ。

「いや、案外似合ってたぞ?」

「あんだけ爆笑しといてよく言えるな、テメェは!」

 神経を逆撫でする言葉に怒りがぶり返す。
 ジストと別行動になった後、ゼルは買い出しの内容を知った。
 血が上るどころか、逆に引いて、わなわなと震えることしか出来なかった。
 ジストと合流した後、ゼルはそれはそれは凄まじい罵詈雑言を口にした。
 カツラやドレスや化粧品、果ては下着までもを買わされたのだ。
 店員からも随分冷ややかな目で見られた。
 ジストが持たせた箇条書きのメモを見せたのもまずかった。
 其処にはご丁寧にジストの体の寸法に加え『お前はちゃんと試着してこい』と書かれてあったのだ。
 言い訳も何もあったもんじゃない。
 汗が吹き出るような思いをしながらそれでも言いつけ通り試着をしたというゼルを「何処まで素直なんだ」と馬鹿にしたジストを前にゼルは、やはり鉄扇を買おうと固く心に決めたという。
 その後二人はゼルの羞恥心の権化――女装ツール――を持ち、マリアが記してくれた地図に沿った。
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