砂漠の賢者 The Best BondS-3
「……あれ?」

 幾つかの角を曲がった先でエナは首を捻った。
 これだけ広い屋敷だというのに、見張りの一人も居ないのだ。
 楽させてもらえることは有難いが、同時に不安にもなってしまう。
 部屋割から現在位置を把握したエナが地下へと続く部屋に辿り着いたのは、それから二、三分のことだった。
 勿論見張りは居ない。
 その上、階段がある部屋は扉すら無い。
 ただがらんとした部屋の奥に地下へと続く階段があるだけだ。
 エナは念のため部屋の中を窺った後、ドレスの裾を翻して身を滑り込ませた。
 地下に続く石壁の階段は真っ暗だった。
 燭の一本だって無いから、この階段がどれだけ深く続いているのかもわからない。
 エナは部屋をぐるりと見回して、窪んだ壁の台に置かれた金に光る立派な蜀台を手に取った。

「ラフ……もうすぐだよ」

 エナは足を踏み外さないよう、慎重に階段を下り始めた。
 ――――シェルターにでもなってるのか、と聞きたい程の長い長い階段の果て。
 エナは下りてきた階段を見上げた。
 遠くに小さな光が見える。
 上るのが大変そうだとエナは溜め息を吐いた。
 だが、上ることを考えるよりもまずは目の前のものの方が大切だ。
 エナは目の前の大きな鉄の扉に向きなおった。
 見るからに重たそうな扉だ。

「取っ手は無し、か」

 燭台を掲げて扉を調べるが、取っ手はおろか、蝶番(チョウツガイ)らしきものも見当たらない。
 押すのか引くのか、それとも横開きなのか。
 とはいえ、取っ手が無いのだから押すしか手段は無い。
 エナは階段に燭台を置き、力いっぱい扉を押した。
 踏んばる足首が痛みを訴える。
 呼吸を止めて、うーっ! と唸りながら押すが、鉄の扉はびくともしない。
 二度、三度と試してみるが、結果は同じ。
 こんな時にゼルやジストが居たら、と考えずにはいられない。
 なんて無力。
 この扉の向こうにはラファエルが待っているというのに。
 一人ではこの一枚の扉さえ突破することが出来ない。
 溜息を禁じ得ない状況で、エナは途方に暮れた。
 ジストを呼びに戻るか、と頭の隅で考える。

「……あれ? そういやゼルは?」

 まさかゼルまで女装して忍びこんではいるまい。
 どう考えてもゼルの女装はバレる。
 エナはふるふると首を横に振った。

「駄目。頼ることに慣れるな」

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