死と憤怒
薄氷の愛憎
薄氷の愛憎

鎖と情に縛られた罪人

「貴方を許さない。」

「貴様は戻りたいのか?」

2つの声は反芻する。


<憤怒の罪人>

最も強い感情を司る者
それゆえに、感情の起伏が激しい
それに耐えられずに、情緒不安定になる器は古来より多い。

“彼”もまたそうなのだろう。

どんなに平静を装えど、本質を変えることはかなわぬのだ。


——此処は人間と鬼が住む世界。

人間といっても“魔法使い”や“幽霊”などと種族は様々だ。

鬼もまた、様々で、“妖怪”や“鬼神”などといる。

細かく分かれていて、それがまた混在しているため、一昔前までの差別や偏見は皆無に等しい。
だが、鬼が人間を捕食したり、その逆もあったりと物騒な世の中ではある。

鬼の種族の中でも“吸血鬼”と呼ばれる種族がいる。


「ヴォルフラム。」
名前を呼ばれた少年は振り返る。
幼い牙が口から覗く。
彼は吸血鬼だ。
「はい。」
読んでいた本を閉じて、元の位置に戻すと声の方に歩み寄る。
出来るだけ表情を動かさないように細心の注意を払って声の主を見上げた。
「父上」
「何の本を読んでいたのかね?」
満足気に父と呼ばれた男性は問う。
「学門書と伝記です。今度、課題で出たレポートや授業で解らなかった方式について詳しく調べているうちにすっかりのめり込んでいました。」
「ほう。フランは学者の素質があるのかもしれないなぁ。」
父は笑ってヴォルフラムを撫でて愛称を呼ぶ。
それでも、無表情で頷いた。
「そうだと、嬉しいです。」
決して、表情を動かすことはない。
ただ、視線はしっかりと父を捉え、喜んでいる様子が伺える。
「父上の書庫は豊富な知識でいっぱいです。」
「あぁ、俺は昔から本の虫だからな。」
父は上を見上げ、沢山の本棚を見回す。
「ところで、レポートとは?」
「昔の伝記や伝説、言い伝えについてです。」
「ほう。」
ヴォルフラムの方を見て、目を細めた。
「頑張りなさい。」
優しく言うと踵を返す。
「まだ此処に居るつもりならば、鍵を閉めて出ろよ。」
そう言い残して部屋から出ていった。
「……」
足音に耳を澄ませて、音がなくなったことを認識するとふぅと息を吐いた。
「別に、嫌いではないのだけれど。」
そう呟いて本を手に取った。
「父上は、どうして俺の感情がきらいなのだろう。」
誰にでもない疑問を呟く。

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