桜の散る頃に
季節は春。
暖かくそよぐ春風が心地よく、太陽の陽射しが柔らかく辺りを照らす。
まだ、着なれない真新しい制服に身を包み、緊張した顔をした1人の新入学生は高校の正門を入ってすぐにそびえ立つ立派な桜の木を無言で見つめている。

風に舞う桜の花びらに時折笑みを浮かべながら、その場から全く動く様子もない。

他の新入学生が急ぎ向かう体育館に目もくれず。

彼女はずっと、そこにいた。

そんな様子を不思議そうに暫く眺めていた1人の男がおもむろに声をかける。


「君!新入生だろ?早く体育館に入りなさい。もうすぐ式典始まるから。受付は済ませたの?」
「……いえ……まだです。」
「もしかして君1人?保護者の方は?」
「いません。保護者は……」

思ってもいない回答に言葉が出てこない男は上履きのまま近づくと彼女の手を掴んだ。

「……ちょっと…」
「受付!今ならまだ間に合う。クラスだってわかってないんだろ?急ぐぞ。」
「あの……あなたは……」
「俺はこの学校の英語教師。1年担当になった朝倉龍生。よろしく。で、君の名前は?」
「……言いたくありません。手離してくません?」
「…………はい?」

きっと、はとが豆鉄砲食らった顔とは今の朝倉の様な表情を言うのだろう。

呆気に取られて思わず固まる。

「自分でちゃんと歩けるし、クラスならわかってます。受付も済ませてます。」
「そう。余計なことして悪かったな。とにかく、早く体育館に入りなさい。」
「………出なきゃダメですか?入学式…」
「君は少しずれてるのか?それとも本気の天然なのか?入学式の為に来たんだろうが。」

朝倉は彼女の手を離すと深くため息をついた。
正直、こんなに掴み所のない不思議ちゃんな新入生は初めてだ。
どう対応したらいいのかが全くわからない。

考え込んでいる朝倉に手を振りながら彼女は再び正門の方へ歩き出す。

「ちょっと!待てってば!」
「よろしくお願いします。朝倉先生。私は上林真波。朝倉先生のクラスですよ。」

そう言い残すと、真波はさっさと学校から出て行ってしまった。

「上林真波か……何なんだ?あいつ…」

頭を傾げながら朝倉は体育館へと急いだ。
長たらしい式典も終わり、教室へと新入生は向かう。

一旦職員室へ戻った朝倉は自分の受け持つクラスの出席簿に目を通す。

上林真波。

彼女の名前を探す。


あった。


「マジかよ……」

出席簿で頭をバンバン叩く。
叩いても現実は変わらない。
正直、嘘であって欲しいと思っていた。
間違いなく問題児になるであろうことは、先ほどの態度を見れば一目瞭然だ。

「……何やってんの?お前。」

朝倉の謎の行動に突っ込みを入れたのは同僚の国語教師の岩部友治だ。

「岩ちゃん助けて……」
「何を?」
「やっと念願叶って担任するクラス持てたってのにさぁ……前途多難な生徒が早速1人……」
「どいつのこと?」

朝倉は無言で名前を指差す。

「上林真波?」
「そう!こいつは入学式ボイコットしやがったの!自分の新しい門出の場だぞ!」
「この子の入試の結果見た?」
「いや。見てないけど。何で?」
「トップだったのよ。入試受けた全生徒の中でダントツ!」
「は?」
「だから!満点取ったの。この子。」
「マジ?」

岩部は笑いながら朝倉の肩を叩いた。

「いや~実に優秀な生徒が自分の受け持つクラスにいて鼻が高いよなぁ。朝倉?」
「覚えてろよ。」
「何か言った?」
「何も言ってないですよ!さぁて。行きますか。」

朝倉は出席簿と生徒に配る大量のプリントを持って教室へと向かった。
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