【流れ修正しつつ更新】流れる華は雪のごとく
***


「わあ、綺麗ですね!」


庭には四季の花が咲き乱れている。


桜、くちなし、竜胆、椿。


それぞれに香りを放っていて、ずいぶんと気持ちの良い庭だ。


「何を感動している。貴女の家だろう」


きょとんとした霧氷の顔に、露李はうーんと曖昧に笑った。


「どうしてでしょうね?」


「記憶の混濁が激しいみたいだ。休むか?」


「いえ、大丈夫です」


そう言った刹那、露李は反射のように後ろを向いた。


「…侵入者か。花姫、貴女はここで」


霧氷が露李を制して前に出ようとすると、口が勝手に言葉を紡いだ。


「待って下さい。私…知ってます」


ザアッと風が吹き、桜の花びらが舞う。


「露李」


桃色の奥から現れたのは、見覚えのある人物。

優しい笑みをたたえ、こちらに歩いてくる。

銀の髪に、金色の瞳。眼帯。


「分かる?俺のこと」


「離れろ、花姫」


「思い出して、露李。今君を必死で助けようとしてくれている人たちを」


水無月は内心舌を巻いていた。 

この精神世界が保たれているのが、守護者たちの力だということが分かったからだ。

露李の世界に入った水無月は霧氷の言うところの侵入者そのもの。

魂の片割れといえど限界がある。

無意識に、露李の“世界”は水無月を消そうとするだろう。

きっとこの冗談のように美しい世界は、露李の心を守るためにある。

水無月の周りに満ちている気は守護者たちのものだ。

その証拠に、五人の色である五色の気が水無月を守っている。


「助ける…?何から…」


「ダメだよ露李。ここは君のいる世界じゃない」


「何を言っている。花姫の世界はここだ」


霧氷が口を挟んだ瞬間、水無月が霧氷を睨みつける。


「この子は花姫じゃない。露李だ」


「花姫、騙されるな。貴女は花姫だ」


私、私は誰だ。

また露李の頭が酷く痛んだ。


「露李。兄様を忘れたの?」


水無月にとって一番言いたくない言葉だった。

兄でいたくはなかった。

それでも。


「氷紀、兄様…」


そう口にした途端、涙がするりとこぼれ落ちた。

水無月が切なく笑う。

最後に呼ばれるのはそれか、と思ってしまった。


──このまま消えちゃうならせめて呼び捨てにしてよ。


露李ははらはらと涙を流す。

早送りのように流れる思い出たち。

そしてあの翡翠は──。


「露李、ごめん」


はっとして水無月の方に目を向ける。


「もう、消えそうだ…」


「ダメ、氷紀兄様!!」


半透明の水無月の方へ走り寄ろうとすると、強い力で腕を掴まれる。


「花姫、行ってはいけない」


「私は花姫じゃない!!私は……露李」


「花姫…」


「離して霧氷さん!!」


腕に力が込められる。


「離してください!私は貴方の好きな花姫じゃない!」


「花姫、何ということを」


「うるさいですっ、私は露李です!」


怯んだ隙に抜け出し、水無月に駆け寄る。


「露李…早く行って」


「嫌です!」


「今の俺の力じゃ、二人も行けない」


「花姫、」


霧氷の呼び声に、露李の肩がぴくりと揺れる。

ゆっくりと立ち上がる。


「ごめんなさい。でも、私は露李なんです」


金と銀の光が露李から放たれた。


ゴオッという音と共に、目の前が真っ暗になる。



< 160 / 636 >

この作品をシェア

pagetop