くるまのなかで

「それって、今まで負のオーラ出しまくってたってことですよね……?」

私がそう問うと、奈津さんは曖昧に笑ってごまかした。

それが肯定の意であることは私にもわかる。

SVである私が不機嫌な顔をしていたのだから、コミュニケーターのみんなは話しかけ辛かっただろうな……。

私、怖いと思われているかも。

相談事があっても、言い出しづらい雰囲気を醸し出していたに違いない。

奏太がみんなの輪の中で、いつも穏やかな笑みを浮かべていたことを思い出す。

私はまだ、高校時代の奏太にも敵わない。

「あ、梨乃ちゃん。そういえば今朝、STVから業務連絡があったの」

奈津さんの言葉に、私はメモを取るべくペンを握った。

「はい、何ですか?」

「もうすぐ紫陽花(あじさい)祭りでしょ? 当日は交通規制があって、迅速に訪問対応できないことがあるから、そう案内してほしいって」

紫陽花祭り。

その言葉に、体が震え浮かれていた心が一気に沈む。

メモを取るために握ったペンが重くなって思うように走らない。

“あ・じ・さ・い・ま・つ・り”

メモに書いただけで目と鼻がツンと痛む。

涙を堪えるため、唇をキュッと結んだ。

鼻で密かに深呼吸し、気分を落ち着ける。

今でもこんなに動揺してしまうなんて。

いや、彼と再会した今だから余計にフラッシュバックしてしまうのか。

私と奏太が別れたのは、10年前の紫陽花祭りの日だった。


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