精一杯の背伸びを



 再会した時はそれだけで嬉しかった。


 それなのに今では頻繁に会えないことに不満を抱いている。


 昔は私が何かをねだれば仁くんは何でも聞いてくれた。


 彼は私の願うものを叶えてくれた。


 昔なら。


 昔の彼は。


 今は?


 私がねだっているものは、そんなに難しいことなのだろうか?


 仕事を休んで欲しいとか。


 どこかに連れって行って欲しいとか。


 そんなことを求めているわけじゃない。


 ただ。


 彼と一緒の時間を過ごしたいのだ。


 お互いに何も話さずに。


 私は絵を描いて。


 仁くんは本を読んでいて。


 そんな昔は当たり前だった時間が、今では記憶の中でしかない。


 仁くんが優しくなくなったとか。


 私を蔑ろにしているとか。


 彼が変わったとか。


 そんなことは思ったことはない。


 彼の本質的なところは変わっていない。


 私が大好きな仁くんのままだ。


 だから、こんなにも好きで苦しい。


 変わったのは……


 きっとお互いを取り囲む環境だ。


 故郷にいた頃は、ずっと一緒にいた。


 一緒にいなくてもどこにいるのかは、いつも把握していた。


 お互いの交友関係だって知っていた。


 けれど。


 今では彼が親しくしている人を私は知らない。


 彼も私の友達を話の中でしか知らない。


 どこで、何をしているか。


 そんなことは、尚更わかるはずはない。


 昔は同じ時をずっと過ごしていた。


 それなのに……


 今は。


 どうしてだろう?


 昔の関係を壊したい。


 幼馴染を抜け出したい。


 そう思っているのに。


 今の私は昔を羨ましく思っている。


 本当にない物ねだりだ。




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