愛の答
弱心を感じて光華に結びを
『じぃぃ!』
玄関を開けた途端、沙梨の体当たりが俺の股間にヒット。
『な、何すんだよ!せっかく土産買ってきた・・・って、え?』
沙梨は顔をくしゃくしゃに歪めていた。
そして、その場で俺の足に抱き付き、泣き出してしまった。
それを見守る両親と島津さんの姿が見えた。
『沙梨?どうした?』
『沙梨ちゃんは三歳児よ?幼き乙女心勉強しなきゃね』と、
俺の背中を軽く叩いて、深雪が先に家の中に入っていった。
深雪の足が通り過ぎるのを見てか、今度は深雪の足に抱きつく沙梨。
ママ、ママと泣きじゃくった。
恐れていたんだ。
【再び捨てられる事】を。
幼きながら・・・沙梨は恐れていたんだ。
深雪の頬に流れるものを確かに見たが、深雪は、
『ただいま!凄く楽しめました!お土産、皆さんでどうぞ!』と、
笑顔で振る舞った。
たかが一日の旅行だった。
けれど、俺と深雪のいない空間がどれだけ長く、辛かっただろうか・・・。
三歳児の沙梨には永遠の時間にさえ思えたのだろう。
あの大粒の涙は本物だ。
あの無垢な泣き顔は本物なのだ。
沙梨は、間違いなく三歳児で、健康そのものだ。
【○○って何?】
これだって、何でも知りたがる幼き故の発言じゃないか。
今まで沙梨を病人と思っていたけど、俺はこの時後悔した。
沙梨は、他の子と一つも変わらない。普通の三歳児なんだ。
違いない・・・。

パチパチパチ!線香花火特有の音。
火花が俺と沙梨の顔を闇から救ってくれている。
沙梨は線香花火の極意でもマスターしているのか?
三歳児ながら、火種を落とす事なく火花を見続けていた。
一方・・・
ジュ!・・・ジュ!・・・
何度やっても俺の線香花火は生命の燈(ともしび)を持続させられない。
早死にでもするのかな?
・・・ならば・・・ならば、沙梨は永遠に生きられるだろう。
沙梨の手に委ねられた沙梨の命は、落ちていない。だから・・・。
『じぃ。お星様ってどうして光るの?』
『・・・星?』
沙梨の質問に俺は少し考えた後、
『沙梨。俺達も光ってるんだ』
『え?』
『俺から見て沙梨は光っていないし、沙梨から見て俺は光っていないだろ?』『うん』
『だけどな、ずっと先の話だけど俺達もあの世界に行くんだ』
俺は満天の星空を指差した。
『あっちの世界で今度は生きるんだ。
すると、こっち側の人間が光って見えるんだ』
『・・・お星様は人間なの?』
『沙梨は利口だな。その通りだよ』
『・・・その時、じぃはどこにいる?』
『・・・』
『こうやって、また花火出来る?』
『約束するよ』
涙を堪えた。
生命の燈を持続させる沙梨の花火。
だから・・・生きろ。

『白黒はっきり付けたい』
深夜、俺は深雪にそう告げた。
深雪は一発で理解してくれたようで、見ていたTVを消し俺と目を合わせた。『沙梨の将来を考えて、白黒付けるべきだと思う。
都内の病院へ今週の日曜行こうと思う』
深雪も、俺からこの言葉が出てくるのを覚悟していたようで、
混乱する事なく落ち着いていた。
『沙梨ちゃんにはなんて説明するの?あの子だって病院の建物くらい判断出来るよ?』
『半分真実を話す。半分は偽りで通す』
『どこまで話すの?』
『沙梨には病気の疑いがある事。
けれど、決して重い病ではなく、塗り薬を塗れば治ってしまうような・・・
とか、そんな具合に。あとは診察を受けて、結果を聞くだけ』
『・・・分かった。私から沙梨ちゃんには説明する』
『頼むよ。俺は島津さんと立浪さんに伝えておくから』
気は進まない。何より、沙梨は元気だ。
以前、病気の疑いを取り払った感情同等に、本当に沙梨は病気なんかじゃないと思う。
俺は、憎んだ。自分自身の弱さよりも、沙梨の実の両親を。
沙梨は貴方達をもう忘れているはずだ。
思い出したくもない、恐ろしい過去の事として。

庭に設置されたベンチに座り力んだ。
グググ・・・どんなに力を込めても、庭に転がっていた手の平サイズの自然石は砕けなかった。
分かっていた事ではあった。
俺は、理想を己の手に重ねている。
沙梨を・・・深雪を・・・どんな困難からも守ってやれる屈強な男になりたい・・・その理想に対し落ちていた目の前の石が語り掛けてきた。

理想は・・・理想のままでいいものだ。
そこだけに在る幸福が必ず在る。

石が語る意思は屈強そのものだった。
何も恐れないスーパーマンに、俺はなれない。
沙梨は・・・今も恐怖の中にいる。
俺は実の親でもないし、良人間でもない。
誰が苦しもうが、誰が死のうが、俺の感情が揺さ振れない限り、関係ない。
ただ・・・ただ、俺は沙梨を助けたい。
救えぬ事がないように・・・ただただ、懸命に。
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