愛の答
憎い空に唾
『The Hateful Sky・・・』
小さく口ずさんだ歌詞は、音階に乗る。
見える空さえ、憎い。
同じ世界のはずなのに、幾つもの世界が存在する今。
日々、笑っていられる当たり前の生活を標準化する人間は、
違う世界にきて初めて気付く。
その世界に自由はない。
あの、雲のようにはなれないという事・・・。
あの時から、俺は何に対しても無力だった。
刑務所生活なんて考えてなかった。
しかし、権力が俺を決まった道に促した。
否定しても決して曲げられない、恐ろしい力だ。
法廷に島津の姿はなかった。
当然、警官に対しての暴行で傷害罪により有罪。
俺は特に狼狽えることもなく、罪を認めた。
法廷に深雪の泣き声だけが響いていた。
あの日、俺は捕まり連行された。
深雪は警察側が手配したタクシーで家に帰ったらしい。
沙梨は・・・分からない。県内にある養護施設に預けると聞いたけれど。
元気にやってるか?
もうすぐ、ママが会いに行くからな。
じぃは・・・もう少し先になりそうだ。
モルキオ病ではないと診断された。
つまり、次会う頃には背も伸びて、今の幼さは消えているだろう。
もしかしたら・・・俺の事なんか忘れてるかもな。別にそれでも構わない。
せめて、せめて生き続け、幸せに暮らしてくれ。
最後に・・・最後に言わせてくれないか?
沙梨、本当にごめんな。
沈黙に彷徨う、我が子への謝罪。

『嫌!放してよ!沙梨ちゃんに触らないで!』
私は、我が子を守れなかった。
どんな外敵が現れようと、たとえそれが正義の塊、
警察でも我が子を守るのは親の義務。
私は、その義務を果たせなかった。
私から沙梨ちゃんが奪われた。
必死に抵抗するが、所詮女の力。
あっという間に沙梨ちゃんと私は離された。
拓が怒鳴り散らしながら警察の阻止を拒み続けている。
次の瞬間に聞こえた沙梨ちゃんの泣き声を、私は決して忘れない。
『嫌ぁ!』
決して。

-深雪の話-
    
私は、一人取り残された。
我が子を奪われ、同時に旦那も奪われた。
私自身、どんな表情をしていたかは分からないが、
病院側の人間は私から少し距離をおいて私を見ていた。
やがて・・・
『タクシーを手配しました。ご主人の事や、あの子の事を察し、我々も大変辛い立場に立たされております。どうかご理解下さい』
警察が私に手を差し伸べた。
一瞬、その手が救いの手にも見えたが、直ぐ様我に返った。
パシィ!と、廊下に響いた音がやけに耳に残った。
警察の手を叩き、『近寄らないで!私一人で帰れるから!』
『いえ、そういうわけにも』
『触らないでよ!私一人で平気よ!警察なんかに助けられる程弱くないよ!』私自身、ひどく混乱していたのは分かっていた。
こんな時間だ。
土地勘もまるでなく、迎えも呼べやしない。
故に吐き出された言葉は、
『私は拓と沙梨ちゃんの、三人で帰る!だから平気よ!もう私の事は放っておいて!』
警察は困り果てた表情を見せた。
その表情に私は酷く荒んだ感情を覚えた。
『何!?どうして私にはそう優しくするの!?
どうして拓にその表情を見せてあげられないの!?
私に同情したって意味ないんだよ!
父親の仕事を全うしたのに、それを否定された拓に見せてあげてよ!』
『お気持ちは』
『五月蝿い!』
私の怒鳴り声が病院内に響き渡った。
その声に気付いた一人の警官が私に近付いてきた。
私を説得していた警官と少し小声で話した後、私に話し掛けてきた。
『場所を変えましょう。貴方の声は他の患者に悪影響を与えてしまう』
『嫌』
『・・・私は、貴方及び、貴方の旦那さんにも同情は致しません』
『!・・・』
『何故ならば、犯罪者であるからです』
『・・・ふざけ』
『ふざけてなんかいません』
ピシャリと私の声が封じられた。
『貴方の旦那さんは我々に必要のない暴行を加えた。
そして貴方は国の制定に反した。
強情とも取れる母性本能が芽生え、あの子を死守しようとした。
しかし、世間体、更に戸籍上から言わせれば拉致、及び監禁の罪となります』
何から何まで・・・私達から奪おうとする。
運命には逆らえない。
『強いて、同情するとすればあの子ですね。
実の両親に捨てられた現実はあまりにも残酷。
過保護主義の夫婦に育てられた過去を持つ事も、
決して恵まれた事ではありません』
『過・・・保護』
拓・・・助けて・・・
【狂イソウダヨ】            

『・・・痛!』
ベットから起き上がると、頭に鈍い痛みが走った。
辺りを見渡し、私は自分(拓也)の部屋にいる事を理解した。
テーブルの上にパンとお茶が置いてあった。
どうやら、拓の両親が私に用意してくれた物のようだ。
しばらく何もしないで、目の前にあるパンとお茶を眺めていた。
別に何の変化もするわけがないが、ただただ・・・眺めていた。
これだけ眺めても変化しないのなら、私が変化させてやろう。
十分後、袋に入ったパンは存在を消し、ペットボトルの中に入った五百mlの緑茶も存在を消した。
見事に変化した。
別に・・・
『嬉しく・・・ないけどね』
一人、ボソっと言葉を零した。
次に零れるのは・・・
【一人きり】の涙だった。
『これで暫く目覚める事はありません。
それにしても、この女性は本当にあの子を自分の子のように思っているんですね。
どちらにも正義があるように私は思います。
あ、そう・・・ば・・・子は・・・どこ・・・』
ここで、医師の声は途絶えた。
正確に言えば、私がそこで意識を失った。
そして、目が覚め現在に至る。
発狂した私を警察は三人掛かりで押さえ付けてきた。
尚も暴れる私を押さえ付けながら、警察は医師に言った。
『吸入麻酔薬をお願いします!』
意識を失った私は、結局警察が手配したタクシーにより帰ってきたと言うわけだ。
ガッ!・・・
ペットボトルの底をテーブルに叩き付けた。
『拓・・・悔しい・・・悔しいよっ!』
そう・・・本当に・・・本当に悔しかった。
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