愛の答
慟哭からの光
別に、俺は蛆虫でも構わねぇ。
世間体から、【クズ】と呼ばれても平気だ。
譲れないのは、俺が沙梨の父親って事。
その事を否定されなけりゃ、何でも構わねぇ・・・。
答えは至って単純だった。
沙梨の実の母親は島津。
そう、あの島津だ。
つまり、父親は俺ではない。
分かっている。
確かに俺は沙梨の実の父親ではない。
けれど・・・けれど、こんなに簡単に否定されるなんてあんまりだろう!?

-拓也の話-

特急地獄行きに異変が起きた。
予期せぬ突然停車。
信号にしては長い。
それに、停止直前の減速は急激なものだった。
思考を巡らせている間も、発車する気配がなかった。
『・・・何だ?どうしたんだ?』
同じ空間の空気を吸っている警察側の人間が顔を見合わした。
そして、俺が脱獄する為に練った作戦の一つでは?
そのような視線を俺に流した。
『冗談じゃない。俺は知らないよ』と、俺が否定したその時だった。
『拓!聞こえるよね!?』
聞こえないはずの声が聞こえた。
俺の空耳?けど、確かに聞こえた。
深雪の声・・・。
やがて、声の存在が本物である事を知る。
『拓!聞こえるよね!?沙梨ちゃんの、沙梨ちゃんのね』
『深雪!』
俺は小さな鉄格子から外を見た。
しかし、その視角には深雪の姿はない。
けれど、深雪の声は続いた。
『沙梨ちゃんの名字が分かったんだ』
一瞬、混乱した。
当たり前だろう?
聞こえないはずの声が聞こえ、それが本物であると知り、
尚且つ我が子の本当の名字が分かったって・・・。
何を言っているんだ深雪?
俺がいない間、何をやっていた?
どういう事なんだ?沙梨の名字って・・・。
深雪の声は俺の混乱が治まるのを待たずに、結論に辿り着いた。
『沙梨ちゃんのフルネームは・・・島津沙梨』
『・・・え?』
目の前が真っ白のなった。

混乱・・・錯乱・・・必要に迫る声を、俺は理解出来ずにいた。
けれど、確かに深雪は言った。
『島津沙梨・・・沙梨ちゃんの実のお母さんは・・・』
『・・・しまづ?しまづって・・・』
二十年間生きてきた過去を一気に振り返る。
【しまづ】という知人にヒットしたのは・・・一人。
沙梨の実の両親の捜索を協力してくれたあの刑事。
最後の最後に裏切った・・・あの女。
あいつが沙梨の実の母。
そんな馬鹿な話が・・・。
『深雪・・・無駄だよ。そんな【作り話】を持ってきたって、
俺の罪が消える事はない』
独り言のように言葉にした。
深雪が俺の為に駆け付けてくれたのだろう。
混乱の中を彷徨いながら・・・。
しかし、深雪は叫ぶのを止めなかった。
『拓!あなたは無罪よ!全て、あの女に仕組まれたの!』
妙に、深雪の言葉に説得力を感じた。
『止めろよ・・・』
『拓!いるんでしょ!?』
『無駄だよ』
『返事を』
『よせっ!』
『!・・・』
俺の叫び声が響く。
勢いよく俺は小さな鉄格子にしがみ付き、深雪に言った。
『よせよ!最後くらい格好良く、素直で、沙梨の父親らしい姿で、けじめつけさせてくれよ!』
俺の声に反応した深雪が、鉄格子の視覚に入ってきた。
『!・・・深雪、馬鹿・・・お前、何月だと思ってるんだ?』
十一月に相応しくない薄手の格好。
頬を真っ赤に染め、潤んだ瞳に宝石を乗せ、
眉を八の字にさせる小野深雪が、目の前に居た。
『そんな事、いいから。早く、行くよ!?』
とりあえずは、深雪の話を聞こう。
それからでも遅くはない。
ただ、【こいつら】が黙っているわけがない。鬼蛇の警察。

『ちょっと、困りますよ。入所決定後の受刑者には、私語厳禁の決まりがありますので』
案の定、警察が動いた。
警察は、鉄格子にしがみ付く俺を引っ張りだした。
一方、泣きながら叫び続ける深雪に対しても警察は動いた。
『おい!深雪は関係ねぇだろ!深雪に手出すな!』
俺の本心がそのまま叫びに出た。
事実上、深雪は俺の為に動いてくれて、助けようとしてくれている。
それがハッタリであっても、俺には深雪を守る義務があると思えた。
しかし、深雪は冷静だった。
警察の制止にも動じず、むしろ泣き顔の奥に余裕の笑みを浮かべているように見えた。
『拓!平気だから。抵抗する必要もない』
『・・・え?』
『警察の方々。あと数分私達夫妻に自由を下さい』
深雪がそう言った。
当然、警察の【任務遂行心】は不動で、深雪と俺を遠ざけようとした。
しかし・・・
『数分後。貴方方に一本の連絡が入ります。
その連絡を受ければ、貴方達は私と拓に手を出せなくなりますから』
自信に満ちた深雪の表情を見て、俺は心から救われた。
何かあるんだ。
俺だから分かる事だった。
『ちくしょう。何企んでるんだか知らねぇけどよ、深雪、お前これで貸し一つとか言うなよな』
『貸し三つだよ。それくらい、大きな事やってみたよ』
『・・・馬鹿』
『誰かさんの無茶が伝染したのよ』
そして・・・。

『署から連絡が』
一人の警察官が言った。
深雪の言う通りに事は動いた。
俺と深雪を一度ずつ見て、警部と呼ばれた男が連絡口に出た。
俺は鉄格子から手を放し、真っ暗なVIP ROOMに座り込んだ。
『何を企んでるんだか知らないが、君の行った行為は事実。
冤罪にはならない。つまり』
『馬鹿だなお前・・・』
警察の言葉を俺の言葉が切った。
『俺の嫁舐めんなよ?何するか分かんねぇ危ない奴なんだよ。
この前だってさ、ちょっと喧嘩しただけでシカト攻撃されるし。
それがまたきついんだよ。数時間や数日じゃないんだよ。
結局俺が機嫌伺うわけ。何かプレゼントしてね』
そう、俺が笑いながら言った。
分わかるだろう?
この時の俺の心境。
完全に勝訴。
俺は勝ったんだ。
深雪の援護のお陰で・・・。
『いやぁ・・・それにしても、まさかね。
詳しい事情は知らないけど、やられたよ。お宅の島津さんには。
俺が今度この車に乗る時は、あいつの遺体が出来てる時だから。
そこんとこよろしく』
そう・・・ハッタリじゃない。
さっきも言ったように、分かったんだ。
深雪が言ったことにハッタリはない。
事実だ。
そして・・・
ガチャン・・・重たい、重たい鉄の扉が開いた。
ようやく目覚めた朝日が、俺を必要以上に照らす。
思わず目蓋を薄めたが、次第に開いていく。
体が・・・叫んでいた。
『反撃開始だ』
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