愛の答
体内でアンサンブルを掻き乱す俺の鼓動。
あの日、俺は沙梨を守る傘にしては貧弱な傘だった。
今なら・・・鉄砲でも、火炎放射器でも持ってこいって感じだ。
朝日に迎えられながら、ゆっくりと【途中下車】する。
特急地獄行きは特急天国行きと変化した。
全ては・・・
『お前のお陰で、自由を満喫出来るよ』
朝日をバックに一つのシルエット。
そこには、【涙しながら震える愛すべき女性】が手を差し伸べていた。
手に取ったその手は哀しい程、か細く、冷たかった。
二度と・・・放すものか。
『悪ぃ。今回は本当助けられた』
声にならない泣き声と共に深雪が俺の体に崩れ落ちてきた。
俺はしっかりとその弱々しい体を受け止めた。
必死に、今まで流した涙の理由を俺に伝えようとするが、涙が邪魔した。
俺はただただ・・・力強く抱き締め続けた。
『確かに署から連絡を受けました。今朝出発した受刑者、つまり君を釈放せよと』
『な?うちの女房舐めんなよって言ったろ?』
『・・・どうなってるんだ。君が犯した罪は、我々警察も目撃しているというのに』
『俺が犯した罪なんて一瞬で帳消しになるような、恐ろしい犯罪を犯した大馬鹿野郎が、そちら側にいる。それだけの事だろ』
『・・・』
やがて、警察側の人間がその場を去っていった。
路上には俺と深雪、そして深雪の車だけが残っていた。
『いい天気になりそうだな。少し寒いけどよ』
再び深雪を抱き締めた。
白い息が二つ。風に流れては消えていく・・・。
俺はこの日の事を絶対に忘れない。
心から救われた日。
『さぁ、深雪。帰ろう。そして、全てに決着をつけるんだ。全てに』

『何だよ。もう出所してきたのかい?もう少し長居してくればよかったのに』『・・・実のお袋が言う言葉とは思えん』
深雪の車を俺が運転して、二人は無事家に着いた。
そしてお袋との会話。
『拓、一体どうなってるんだ?控訴も取り下げられ、俺達は完全に諦めてたって言うのに。話してみろ』と、親父に言われた。
『親父とお袋にも今から説明するよ。深雪からね。正直俺も分からないんだ』四人が揃い、炬燵を囲んだ。
炬燵の温もりが、改めて今自分は我が家にいるのだと実感させてくれた。
『まずは・・・そうだな。俺が分かっているところまで俺が話すよ』
キン!奏でる金属音。
煙草を咥え、ジッポにより灯された炎を近付ける。
『・・・くそ。何日ぶりの煙草だよ』
『そのまま禁煙すればよかったのに』と、お袋が口出してきた。
『冗談じゃねぇ』
大きく吸い込み、真っ白な煙を大量に吐いた。
少し頭がクラクラした。
『まず・・・』
俺は、今自由にいる。その有り難さを、まず伝えたかった。
『何より、今回は深雪に助けられた。
感謝しきれないくらい。ありがとな』
俺の言葉に深雪は顔を赤めた。
『貸し・・・五つだからいいよ』
『増えとるがな』
俺と深雪が微笑んだ。
そこに、不自由はなく、待ち望んだ世界があった。
『じゃ、話すよ。
まず、俺と深雪は沙梨の病気の正体を白黒つける為に、都内の病院へ行った。沙梨の実の両親の捜索に協力してくれた・・・島津と共に』
呼び捨てを自然に発音しようとしたけれど、どうしても出来なかった。
『・・・そこで、沙梨の病気は新種の、医学書を開いてもどこにもない病気と宣告された。つまり、治せない。
落ち込んだ俺達に、島津が言ったんだ。強制的に、沙梨は施設へ入れると。
そこで頭にきた俺が』
『警察に手を出した。それで傷害の罪により逮捕された』と、親父が俺の後付けをした。
『そこまでは俺も分かっている。ただ、その後の事だ』
『それは・・・俺も分からない。ここからは深雪に説明してもらう』
深雪が一つ頷いた後、話し出した。
俺も知らない・・・驚愕の真実。

晩餐下日和りし、存在した事。
そこに虚は皆無で、全て事実。
深雪の口から話された現実はあまりにも酷。
『拓が逮捕されて、留置場で生活している間、私なりに動こうと思って。
けれど、哀しくて、辛くて、何も考えられなくて。
決して、相談する相手が居なかったわけじゃない。
けれど私は何も出来ないでいた。
あの日以来、全て終わらせたかのような態度をする島津に連絡を入れるけれど・・・繋がらなくて。
直接会いにも行ったけれど、それでも駄目で・・・。
なんとかしよう、なんとかしようって。
拓が犯した事を消去するわけじゃない。
父親の仕事に変換させるだけなんだって。
それでも、私は何も出来なくて。
そして、このまま拓が刑務所へ行くしかないのかって覚悟決めかけてた時だった』
俺は・・・今話した内容だけで嬉しかった。
深雪は俺の為に泣いていただけではないという事が十分に伝わってきた。
深雪が知らぬ間に動いていた時、俺は絶望の中を通り過ぎていた。
日々、罪を犯した事を反省させられ、
空虚な時間を持て余し蝋による粘土細工。
絶望を通り過ぎ、俺も覚悟を決めていたんだ。
事実、留置場から見えた景色に、深雪の幻影を見ていた。
初雪が降ったその日、深雪の手を握る・・・
沙梨を俺は見ていた。届かないとわかっていても・・・。
涙を・・・堪えた。
そう、それだけで嬉しかったんだ。
『拓?平気?』
俯いていた俺に深雪が声を掛けてきた。
『ん、平気。で、その後は?』
『うん。その日、拓と面会して帰ってくると私宛に一通の手紙が届いてたの』『あ!』
お袋が突然声を上げた。
『そう、あの手紙です。送り主は島津だった』
『島津から!?・・・なんて?』
『この件の事に関しては、正義も悪もなく、お互い様みたいな感じで。
あと、沙梨ちゃんが生活している施設の住所が書いてあった』
『・・・ふざけ』
『違うの!』
『!』
深雪が俺の言葉を切った。
『違うって・・・何が?』
『重要なのは手紙の内容じゃないの』
『・・・え?』
『私はそこで気付いたんだ』
『・・・何に?』
『島津が沙梨ちゃんの本当の母親だって』
・・・何だ?
深雪は何が言いたいんだ?
そんな事で分かるわけないだろう?
単に、事件の終わりを明確化させるための手紙なのに、島津が沙梨の実の母親だって?
『分かるわけないだろう。何か、根拠が?』
深雪は無言のまま立ち上がり、数枚の紙を持ってきた。
『・・・これは』
『そう。沙梨ちゃんに渡された三枚の手紙・・・いや、正確には二枚』
『・・・え?』
『そして、こっちが島津から届いた手紙。よく見て』
炬燵の中央に置かれた計四枚の手紙を見た。
それは一目瞭然だった。
『・・・一緒だ』
『そう、筆跡が全く同じ。つまり、筆者も同じ』
『この手紙の筆者は島津・・・』
つまり、二通目は俺に直接渡してきた事になる。
そして、更なる真実へ・・・。
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