愛の答
朽ちて花火
真実はどこにある?
それを求めれば、あの日に戻れるような気がする。
いつの日にか灯した花火のような、極彩の日々に。
今、俺はこの時代に中指を立てている。
無駄に死蔵された物なんてここにはない。
呑気な面して、一秒を確かに刻む。
追い付けなかった。
百年後の医学を想像する。
百年後に・・・沙梨は居ないのに・・・。
夕暮れから闇夜月に変化する頃、一本の桜の木の下にいた沙梨。
今は遠い昔話だけど。現在そこに沙梨は居なく、
どこか見知らぬ場所で涙を・・・ぽろ、ぽろ、ぽろりと落として居るだろう。落水した涙の分だけ、俺を憎んでくれ・・・。
            
釈放後の俺の生活は元に戻っていた。
『小野、お前ぶっちゃけやったんだろ?』と、会社の先輩に言われた。
気分じゃなかったけど、笑って対応しておいた。
仕事で疲れた体のはずなのに、だるさを感じなかった。
無心のまま家に帰り、玄関に入る。
『別に・・・期待してねぇけどな』
そこに沙梨の姿はない。
無言のまま自分の部屋へ。
ドサ!と、重たいのか軽いのかさえ分からない鞄を床に置いた。
数秒立ち尽くしてから、俺も鞄のようにだらしなく床に座った。
『・・・超、馬鹿じゃんか』
ふと、思ったんだ。
沙梨がこの家で住むようになって間もなく、俺は深雪に言った。
【下手に情を移すな。別れが辛くなるだけだ】と・・・。
沙梨と別れるつもりで居た自分。
同時に、別れれば救いの手さえ出せない沙梨。
・・・何で・・・気付けなかった?
生命の大事さとか、尊重とか、そういう次元の話じゃない。
いわば、俺は沙梨を殺すつもりでいたのも同然じゃないか!
『・・・っ』
声を殺して・・・泣いた。
唇を噛み締め、拳を握り締めながら、無意味な涙を流した。
どんなに悔やんだって、もう遅い。
そこに沙梨は居ないんだ。

TVの中の世界にお邪魔した。
気分を紛らわす為なのか?
自分でも分からなかった。
無意味に視聴するTV。
まさに電気代の無駄だ。
TVの電気代を垂れ流しのまま、外を見た。
冬を感じさせる痛々しさがそこにあった。
外側の窓が内側の窓を羨ましそうに見ている。
その窓に映った自分。
もうすぐ四歳になる子供が居るとは思えないくらい・・・年老いていた。
遠くから向かってくる車。
ヘッドライトの特徴、エンジン音、車種からして、深雪じゃない。
今日は残業なのだろう。
PM七時を過ぎても帰ってこなかった。
何か・・・悪い予感がした。
いつもの事だと信じ込み、深く考えなかった。
視線を部屋に戻した。
深雪色の部屋。
別に、文句があるわけじゃない。
むしろ、望んでいた。
『・・・』
自殺する一部の人の気持ちが分かったような気がした。
世の中が嫌になってしまえば、自殺するしかない。
何故ならば、呼吸しているその場所が世の中だから。
今日(こんにち)、結婚した人も居るだろう。
子供が産まれた夫婦も居るだろう。
自ら命を断った人も居るだろう。
誰かの命を奪った人も居るだろう。
これだけ増減の激しい人の波だ。
少女一人居なくなっても誰も気にしない。
【昨日(さくじつ)未明、○○県△△市にお住まいの、
○○○○さん○○歳が遺体で発見されました】
【芸能界を代表する大物スター同士の結婚】
【外の星からの訪問か!?】
【○○官房長官、セクハラ疑惑】
TVから流れてくる今日のニュース。
笑いあり、感動ありのスペシャルな世界だ。
バンっと響いた車のドアを閉める音により、俺は現実の世界に帰ってきた。
深雪が帰ってきたのだ。
『・・・』
ゆっくりと立ち上がり、部屋の窓を開けた。
深雪が助手席から荷物を降ろしている。
俺の存在には気付いていない様子。
深雪・・・お前はこのままでいいのか?
お前の本音を聞かせてくれよ。
俺は・・・
『深雪!』
『!・・・びっくりしたな。何してるの?』
『お前はさ、もうこれで終わりか!?』
『え?』
『もう、沙梨とは終わりなのかよ!?
国の決まり事とか、法律だとか、そんなもんに負けるのか!?』
『・・・』
これは制度である。
育児をしてきた子供を、どんな理由であれ一度施設に入れてしまえば、
その親に親権はなくなるのだ。
親権を取り戻す為には途方も無い時間と手続きが必要となる。
つまり、沙梨は実の両親の元へは帰れない。
実の両親の元へは・・・。
『俺は、嫌だ。沙梨は俺達の子供だろう?あいつ、絶対待ってるよ。
沙梨を・・・俺達の養子として迎えよう。
それならば何も問題ないだろう?』
『・・・本当、拓と居ると幸せよ。
こんなにも考えが一致するなんて』
『!』
深雪も考えていたのだ。
また、泣きそうになった。
『分かってるよ拓。沙梨ちゃんが私達の事を待ってる事くらい。
迎えに行こう。大きな、花火打ち上げながらね』
『・・・はは、いいなそれ』
沙梨が道を見失っている。
俺と深雪が沙梨を迎えに行き、同じ道を歩く。ただそれだけなんだ。
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