愛の答
十二月十八日。
AM十一時三十五分。
『先生!天使様はまだ!?』
二千翔が言った。
天使様?
さすがに分からなかった。
『天使様はまだよ。もうすぐだから。
先生はこの人とお話する事があるから、他の場所で遊んでね?』
『・・・はぁい』
『あ、外には出ちゃ駄目よ?火のお化けが居るからね』
『・・・』
二千翔は渋々部屋を出ていった。
出て行く際、振り返り私を見て、
『またお話してくれる?』
私は微笑みながら頷いた。
『約束ね!』
二千翔が部屋から完全に姿を消した。
『すみません、待たせてしまって』
『・・・』
『・・・あの?』
『あ、いえ・・・平気です』
とりあえず、安心した。
私の存在をこの人はまだ知らないらしい。
先程通り、てきぱきとした行動だ。
『あの』
『はい?』
『二千翔ちゃんの病気って?』
『あぁ。あの子の病名は、【XP・色素性乾皮症】と言いまして、
症状として』
『あ、それ前何かで・・・』
『あぁ、確か以前ドラマや映画でやってましたね』
これは後で私が個人的に調べた事だが・・・
【XP(xeroderma pigmentosum)色素性乾皮症】
症状として、太陽の強い陽射しを浴びると人間の皮膚は黒く焼ける。
所謂日焼けだ。
健康である体は、皮膚という細胞が焼かれても、
細胞の修復効果により元通りになる。
しかし、この病にかかると修復効果が現れない。
つまり、体の細胞遺伝子DNAの修復能力が低く、
焼けた肌がそのまま火傷という形で残ってしまうのだ。
補足として、この病にかかった患者は健康体に比べて二千倍癌にかかりやすくなると言われている。
早い話が、太陽の日を浴びる事が出来ないのだ。
更なる補足として・・・
私と二千翔が初めて出会った、施設の正門。
日陰は一切なく、医学的にそこに二千翔がいる事がありえない事だった。
しかし、ここには専門の医師が居るわけでもない。
対応が不十分になるのも当たり前だった。
【なんとなく】XPという病と症状理解した職員達。
そんな不十分な場所で生きるしかない二千翔。
全ては、私みたいな親のせいだ。
なぜ、両親は二千翔を捨てたのか?
理由は私と酷似している。
XPという名前こそ付いているが、決定的な医学治療法が見つかっていないのだ。
早い話が、二千翔は長くは生きられない。
病こそ違うものの、愛と全く同じ境遇に立たされている二千翔を、私は放っておけなかった。
今でも、どこかで震えながら救いの手を待っている我が子。
それと同等なくらい、二千翔の事が心配でならなかった。
まるで・・・愛と二千翔は双子のような錯覚。
『そっか。そんな重い病気をあんな小さな子が』
『我々も、医学の事に関しては無知無学と言っても過言ではないので、
正直対応が疎かになっていないかと、日々不安なんです』
『・・・けど、とてもそんな病気を抱えているとは思えない。
あの子の微笑んだ顔が目に焼き付いて』
『そうですね。元々、あの子はこの辺で産まれたわけではなく、
確か・・・東北方面だったと思うんですけど。
数年前、記事にも載ったんですよ。女神の生まれ変わりとかなんとか』
『・・・女神?』
『えぇ。まぁ、地方の記事でしたけど。
パッと見は神話に近い話でしたけど、読んでみると結構信憑性があって』
分かっている。
今はそんな【信憑性のある神話】を聞いている程暇ではない。
一刻も早く、我が子を抱き締めなければいけない。
しかし、二千翔が愛と双子のような存在感覚に陥っていた私は、
【我が子】の神話を聞きたかった。
『話してくれませんか?』
『あ、はい。構わないですけど、捜索の方は?』
『あ・・・いえ、沙梨ちゃんの捜索とは全く関係はなさそうですけど、
聞いておこうかな・・・と』
『そう・・・ですか』
完全に無理矢理な言い訳だった。
何よりも、今現在の任務を優先しなければいけない状態にいる私の、
聞き入れ難い言い訳。
信用とか、好奇とか、見栄とか・・・
そんな複雑な気持ちが入り混じった表情を見せながら、職員は話し出した。
『今から二、三年前くらいでしたね。とある田舎町に、
超能力を身に付けた者が居たらしいんです』
『・・・え?超能力?』
私は思わず聞き返してしまった。
『あ、やっぱりこの話止めます?本当・・・人によっては笑い話になってしまう内容なんですよね』
『はぁ・・・超能力ですか。それは、例としては?』
『という事は、話続けていいんですよね?例として記載されていたのは、未来の予言です』
職員が話す内容が、どんどんと神話に完成しつつあった。
これのどの部分に信憑性があるのだろう?
『その子は、ずっと家に引き篭もって居たそうです。
理由は単純で、村人全員が口を揃えて悪魔の子と罵ったそうです。
勿論、超能力開花直後は、人々はその子を神の子と呼び、神格化させました。
しかし、余りにも的中する予言。
更には不運にもその年その地域は、自然災害による災害が続きました。
それ等を次々に、しかも確実に予言的中させる神の子を、いつしか人々は疫病神と囁き出し、最後には悪魔の子だと比喩し始めたのです。
人口の少ない小さな村、その分結束力が強かったんでしょうね。
その子は村人全員から白眼視を浴びたらしいです』
『それは酷い話ですね』
それ相応な反応を見せつつも、正直心は萎えていた。
超能力を操る者。
正直、この地点で信憑性があると言うならば、これ以上は聞いても無駄だと思った。
しかし・・・
『その、奇妙な力を授かってしまった者の名前が、二千翔』
『・・・まるで女神とは正反対の位置にいると思いますけど』
『はい。その地点ではむしろ魔女と呼ばれてもおかしくはなかったんだと思います。二千翔が自分の力に悩んでいる時、一人の青年が現れたそうです』
まるで、陳腐な短編集でも読んでいるかのような錯覚に陥った・・・。

『青年は、二千翔が住む家に転がり込むように住み始めました』
『付き合い始めたという事ですか?』
『いえ、そこまで詳細は記載されていませんでしたが、共に好意は抱いていたのではないかと私は推測しています。
少なくとも、未来を的確に予言する自分を恐れない青年を、二千翔は特別視した事は間違いありません』
『・・・』
私は黙って続きを聞いた。
『二千翔を非難する村人に対し、青年は二千翔の盾になったそうです。
その詳細も詳しく記載されていませんでしたが、毎日二人は一緒に居たそうです。村人達は、筋肉隆々の若き青年に対し安易に近寄る事が出来ず、
二千翔への非難も減少していったらしいです。
若干、二千翔に笑顔が戻ってきた頃・・・
村全体が決断に迫られる事件が起きました。
事件の火種は村人が点けました。
青年が現れた事により、私生活に二千翔の姿を見かける事が多くなった村人達が爆発したらしいのです。
早い話が、悪魔の子、二千翔の存在自体が邪魔だ・・・殺してしまえ、と。
人々は一斉に二千翔の家に乗り込みました。
ある者は包丁を、ある者は農作用具を手にして。
殺害する目的で襲ったのです。
勿論、青年は怒りながら反抗したそうです。
しかし、さすがの青年も村人全体の圧力には勝てませんでした』
私は思わず聞き入ってしまっていた。
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