午前0時の恋人契約



「まだあれやってるの?レンタル彼氏の店」

「えぇ、おかげさまで」

「そっかぁ、私は彼がいるからもう利用は出来ないけど……また友達にはお店紹介しておくから!桐子さんによろしくね〜」



そう笑って手を振ると、ふたりは仲睦まじく手をつなぎその場をあとにした。

『もう利用は出来ないけど』……ってことは、もしかして、前のお客さん?



「あの、貴人さん……今の人って」

「ん?あぁ、うちの店の常連客だった人。前はなかなかひとりの彼氏と続かなくて、しょっちゅううちの店に通ってた人でさ」

「へ、へぇ……」



ということはつまり、こうしてあの人の相手をしたことも、ある?

そこまで考えて、ようやく思い出す。私と貴人さんを結ぶこの関係を。



……そう、だよね。

これが貴人さんの仕事だもん。私以外にこれまで沢山の人の“彼氏”をやってきただろう。



誰にだって優しくするし、手にも心にも触れる。それが当たり前なのに、錯覚していただけ。

この気持ちは、恋?ううん、違う。

だって忘れちゃいけない。この10日間が終われば、私と貴人さんはただの上司と部下。ただの他人に戻るんだから。



優しい言葉も、笑顔も、すべて演技。彼氏の、フリ。

今だけの、もの。



「すみれ?どうかしたか?」

「えっ!あっ、わっ!」



ぼんやりとしてしまった!

はっと我に返り見れば、目の前では貴人さんが不思議そうな顔でこちらを見ていた。



「す、すみません……ちょっとボーッとしてしまって」

「ったく、しっかりしろ。次行くぞ」



そんな私に、貴人さんはそう呆れたように言いながら、つないだ手を引いて歩き出す。





忘れちゃいけない。彼は、“レンタル彼氏”。

いつか魔法はとけて、現実は必ずやってくる。



分かってる。だけど今だけ、0時を迎えるまでは、手をつないでいたいよ。

あなたの、恋人として。







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