午前0時の恋人契約
「……空気が、悪くなりそうだったので」
「なにが空気だ。そんなもん読んで仕事増やしてどうする」
冷静に言いながら、その右手は思い切り私の頭を掴むと、握り潰しそうな勢いで力を込める。
「ひぃぃ!すみませんすみませんすみません!!!」
痛いし怖いしと悲鳴をあげる私に、彼はようやく手を離した。
ひ、ひぃぃ……!
やっぱりこの人はドSだ!意地悪だ!
じんじんとする頭を手でさすりながら涙目になる目で見上げれば、その口元が小さく笑うのが見えた。
「ま、いいや。お前それちゃんと終わらせて、残業にならないようにしろよ」
「えっ……あ、はい」
「今夜も19時に新宿駅。店予約してあるから遅刻するなよ」
オフィスでそんな話して、大丈夫なのかな。
てっきり話題に出すことも厳禁だと思っていただけに、彼の言葉につい辺りをキョロキョロと見渡してしまう。
「ん?なんだよ」
「いえ……職場でそんな話して、大丈夫なのかなって」
「大丈夫だろ。昼休みに飯抜きでフロアに残ってる物好きなんて俺らくらいだよ」
……って、さっき私には『昼休みは飯を食え』って言っていたくせに、自分もご飯抜きで仕事をしていたんだ。
そう思いながらフロア内を見れば、そこには確かに誰ひとりとしていない。
つまりふたりきりの時なら、職場でもその話をしても大丈夫ということだろう。
「好みも聞かずに店決めたが、お前嫌いな物とかあったか?」
「いえ、ないです」
「そうか。よし、いい子だ。美味いもの食わせてやるから、それ楽しみに頑張れよ」
岬課長はそう優しく言うと、先ほど頭を掴んだ右手で私の肩をぽんぽん、と叩いた。
励ますような、応援するようなその頼もしい手に、心はほんの少しだけ、小さな音を立てる。