ふたりごと。
冷たく甘いそれはなに。

ひんやり、部室の冷たい空気に思わず口から声が溢れる。

「さむ…、」

温度計(理科で使うガラスの棒温度計)を見れば5度。

「いつもよりはちょっと暖かいかも」

この部室は廊下や下手すると外よりも寒かったりする。
おかげで、というかそのせい、というかともかく冬は部室に来る人はほとんどいないし、滞在時間も短い。

それでも、ここにくるのは少し期待してるから。
勿論、そんなこと言わないけど。誰にも。

30分、待つのはそれだけと決めている。

スマホを取りだし、Twitterを眺めていれば着信画面に切り替わった。

わざと間を置いてその画面を放置して、切れる直前に受信ボタンをタップした。

「……もしもし」

『せーんぱい、どこいますかー』

緩い、でも甘い魅惑的な声が鼓膜を擽る。

「さあね、」

なんでいつもいつもこんなにかわいくない台詞ばかりが口をついて出るんだか。
自分で自分がちょっと嫌になる。

『ああ、せんぱい』

ガチャリ、耳元と目の前の音が一致してにっこり笑った我が後輩が可愛らしく呟いた。

『見つけた』

スマホを耳元から外し、
『先輩のことなら、よくわかってるでしょ?僕。』

小首をかしげて、私の前まで来ると左手で私の髪を撫でた。

「知ったふりしないで」

ふいっと反対方向を向けば、気配が離れ、椅子を引く音がした。

『残念、』

肩を竦めて、机に向かうと後輩は教科書を読み始める。
構うな、何て言ってないのに。

それでもすぐに素直になんて、ガラじゃないし負けた気がして悔しい。

だから、ご機嫌とりなんてしないで沈黙を貫いてみる。

あいつはそんなの気にもせずにイヤホンを着けて、勉強を本格的に始めようとしているし。


……もういいよ、あいつなんて。

音を立てずにあいつの後ろを通って出口へ、向かえば温もりを持った右手首。

「……なに」

『……………』

「……じゃあ離して」

『……………』

「ねえってば、早く離して帰る」

『………先輩?』

「……なによ」

『……せーんぱい、』

「だからなに」

『……帰っちゃうんですか?』

「だったらなに」

『んー』

「人間なんだから言葉で喋って」

『虐めすぎました』

「…………な、に言ってるの」

『先輩たまには甘えてくれないかなって』


ちょこんと首を傾けて上目遣い。

私がそれに弱いって分かっててやってるのだから、本当にこの後輩はたちが悪い。


「……ばか」

『先輩の意地っ張り』

「ドS」

『先輩の負けず嫌い』

「性悪」

『先輩の分からず屋』


なんで、悪口の言い合いなのに、言えば言うほどこの後輩の口角が上がるのか。

「ばか、にしないで」

『じゃあ先輩今俺が何思ってるか、当ててください』


優位にたつと表れる“俺”の一人称にいちいち音を立てる自分の心臓が憎い。

「……からかって、おもしろがってるでしょ」

『ざーんねん、正解は


先輩が可愛すぎて、いじめたくなっちゃっいました。

それに、先輩俺のことよく知ってるなって知ることができて嬉しかったです』


瞠目して、固まった私をくすくす笑うと私の引いて後輩は自分の腕の中へおさめる。


『構ってもらいたそうにしてるのに、甘えないで帰ろうとするから

そんな先輩が可愛いくて好きです』

「嘘つき、」

『なんで俺が嘘つかなくちゃいけないんですか。なんで俺がこんな寒い部室に毎日わざわざ来ると思いますか。なんで俺が、放課後がこんな楽しみだと思うんですか。なんで俺が、』

「も、もうわかった」

後輩の体に顔をつけて見られないようにする。

いま、私絶対

『先輩顔真っ赤』

「えっ、」

つい顔をあげてしまい、視線が絡む。

『あっやっぱり』

後輩は満足げに微笑むと嬉しそうに笑った。

『先輩照れたってことは満更でもないってことですよね』

「…………好きだ、ばか。」
思わず後輩を見上げたまま言えば、

『…………』

笑みを浮かべたまま固まった。

「え、なにどうしたの」

なにか変なことを言ったかと、目を瞬かせたと同時に

『うわ、やばい』

いつもと違う余裕のない声がして、ぎゅっと顔を押しつけられるようにして抱き締められた。


「……もしかして、照れた?ね、照れた?」

『………………うるさい』

無理矢理顔をあげれば見たこともない顔。
頬を染めて耳まで赤くして、笑みのない切羽詰まったようなそんな顔。

『わあ、珍しい。ねえなんでそんなに照れたの?』

珍しく自分が優位にたったから、質問攻め。


『先輩、ちょっと黙ってて』

ふわり、落ちてきたキスは甘く唇を食むとペロッとなめて離れる。

「っ…………」

『……先輩に、好きって言われるのずっと待ってましたけど、実際に言われるのは。


破壊力、ありすぎ』


お互いに顔を真っ赤にして黙り込む。
廊下から賑やかな声が届いて、先に言葉を発したのは私。


「帰ろっか」

『そうですね』

無言で片付けをして、無言で部室を出て、無言で靴を履き変える。

『……先輩、一緒に帰りますよね』

ひらひら、手を差し出してきながらぶっきらぼうに後輩は言う。

「わ、うん。」

『わってなんですか』

「手」

『……嫌ですか』

「んーん、嬉しい」
にっこり笑って言えば

『あーもうほんと、』
唸りだす。

「な、なに」

『…………あんまり可愛い事ばっか言ってると、食べますよ』

「……い」

『ん?』

「いーですよっ」

『ほんと先輩小悪魔っすね』



人のいない放課後の下駄箱で交わすキスは青春みたいだねって笑って言えば、他の人とはしないでくださいねって、いう後輩が可愛くてかっこよかった。





(了)
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