ライエと熱砂の宮殿
第1章

1.気づけば奴隷

 とある犯罪組織に召使いとして潜入していた私は、小さな失敗により捕えられた。
幸いにも、間が悪く彼らの悪事を知ってしまったただの召使いということになり、拷問は受けずに済んだが、あっという間に奴隷商人に売り飛ばされ、手枷と足枷をつけられ、おんぼろの奴隷馬車に放り込まれた。ガタガタと馬車に揺られて数日後、もはやどこかもわからない街で素っ裸にされ競売にかけられ、落札された。
 人身売買の相場なんて知らないけれど、私は随分な高値で買われたようだ。年頃の娘は総じて高値がつくと聞いているが、私は珍しい色をしているため、さらに付加価値が付いたのだろう。私の青い目と金の髪は目立ちすぎる。そのため裏の仕事をする際は染めるようにしてり、今回も黒く染めていたが、奴隷商人に体中調べられた際に、すっかりばれてしまった。
 金持ちというのは本当にどうしてそういう毛色の変わったものを欲しがるのだろう。
 私の髪と目の色に興奮する競売客たちを見ていると、母の境遇を思い出さずにはいられなかった。こういう奴らには反吐が出る。
 なにはともあれ、あっという間に私は奴隷だ。
 ご主人はでっぷり太り、脂ぎった顔の中年親父。落札した裸の私を真っ直ぐ立たせ、頭のてっぺんからつま先まで舐めるようにじっとりとした視線で絡め取る。にたにたと厭らしい笑いが気持ち悪い。
「楽しみは屋敷に戻ってからだ」
 泣き叫ぶ女を痛めつけ、力ずくで組敷き、屈服させるのがいかにも好きそうだ。こんな男のいいようにされるなんてまっぴら御免だ。
 こんな状況の私だが、それでも二つの幸運に恵まれていた。まず、ご主人は私に焼印を押すのを屋敷に戻ってからにするらしいこと。そして、その屋敷はこことは違う街にあり、数日の旅の間には砂漠越えも必要ということだ。

 
 競売の行われた街を発って最初の夜、ご主人のキャラバンは小さなオアシスで野宿することになった。
 私はご主人の天幕に入れられるが、ご主人は部下と話し込んでいるのか戻ってくる気配がない。
嵌められたままの手枷と足枷を見て思案する。さすがに屋敷に着くまでは外してくれないだろう。
天幕の中を見回し、ここにある物の中で最も硬くて丈夫だと思われる木箱に近づく。
 外してもらえないなら自分で外すまで。
 私は渾身の力で木箱の角に手枷の繋ぎ目を叩きつけた。ガチャリと重い音を響かせ手枷が地面に落ちる。頑丈な手枷にだって脆い部分はある。私は的確にその部分を木箱の角に叩きつけ、思ったとおり忌々しい手枷を外すことに成功した。同様の方法で足枷も外す。
 手首と足首は長時間嵌めていた枷のせいで赤い傷ができていた。
 そんなことには構わず、私は適当な布をローブがわりに体に巻きつけ、そっと天幕を抜け出した。
 ずっと逃亡する機会を窺っていたが、奴隷商人には逃げ出す隙がなかった。彼らは私をただの小娘と思っていたはずだが、常に奴隷の逃亡を警戒しており小娘一人の見張りにだって手抜きがなかった。そこに関してはさすがである。
それに比べてご主人は甘い。私を一人にするべきではなかった。なぜなら私はただの小娘ではないのだから。幼少期から訓練を積み、養父とともにいくつも裏の仕事をここなしてきた。囚われた場合の逃げ方も、砂漠の越え方も心得ている。
 私は今なら逃げられると確信している。


 闇夜に紛れ、休息しているラクダに近づく。見張りは二人。
 近い位置にいる方に背後から近づき、一撃で気絶させる。人がどさりと倒れる音にもう一人が反応してこちら顔を向ける。が、そのときすでに私は彼の背後に回り込んでおり、こちらも一撃で倒す。
 二人の腰から水の入った革袋と、恐らく必要最低限のものが入っているであろう袋を拝借する。
ラクダたちは騒ぐ様子もなく、おとなしいものだ。その中から適当に選んだ一頭に跨り、私は急いで野営地を後にする。
この様子なら、私の逃亡が気付かれるまで時間がかかるだろう。


 自分で言うのもなんだが、私は運のいい人間だ。これまで何度も危ない状況で幸運を拾ってきた。
 奴隷として捕われても、ごく普通の少女が同じ状況に陥ったときに感じるだろうほどの絶望を感じてはいなかった。常に逃げ出すために隙を窺っていたし、成功する自信もあった。
 そして思いどおりに上手く逃げ出した。水とラクダを手に入れて、体に巻きつけた毛布があればなんとか砂漠の寒さも耐えられる。
 空を見上げれば瞬く星が進むべき方角を教えてくれる。順調にいけば明日の昼前には今朝出発した街に辿り着くだろう。もう何も心配することはない。鼻歌でも歌いだしそうなほど心が軽い。
 しかし、不運は突然やってくるものだ。運のいい私も、幸運を拾うことがあれば不運を拾うこともある。なんてことだ。幸運に見せかけ、実は今回の私は最高についていなかったらしい。
 それは朝方だった。ラクダに揺られて街を目指していたら、今までは吹いていなかった風にふわりと髪が攫われた。気になり風が吹いてきた方を見ると、地平線が茶色くぼやけている気がして、よく見ようと目をこらす。その少しの間にも、風はどんどん強くなっていき、あっという間に茶色い煙がはっきりと確認できるようになる。
砂嵐だ。
そう認識した瞬間体中の毛穴から汗が噴き出した。まだ距離があるように見えるが、砂嵐はこのくらいの距離あっという間に駆ける。猛烈な風の嵐により砂が空中に巻き上げられできるあれに飲み込まれたら、一貫の終わりだ。
急いで手綱を引き、砂嵐と逆方向にラクダを走らせた。
目視できるまで近付いた砂嵐から逃げることは不可能だ。焦る気持ちを抑えながら、身を隠せる岩影を探す。
轟々と音が聞こえ始め、風に飛ばされた砂が体を打つ。飛ばされそうになりながらも、必死にラクダの首にしがみつき、磐影を探すが、とうとう砂で前が見えなくなり、あっと思った次の瞬間には、私の体は空中に巻き上げられていた。
轟音で耳はおかしくなりそうで、絶え間なく砂で撃たれて体中が痛い。なんとか腕で目を庇いながらも、経験したことのない暴風に上下左右、もうどっちが上でどっちが下かもわからないくらいめちゃくちゃに体を揺られ、次第に意識が薄らいでゆく。
(私、死ぬのかな……)
 そう思った最後の瞬間、母の姿が脳裏に浮かんだ。
(ごめん。ここまでみたい……)
 私は完全に意識を手放した。 砂嵐だ。
そう認識した瞬間体中の毛穴から汗が噴き出した。まだ距離があるように見えるが、砂嵐はこのくらいの距離あっという間に駆ける。猛烈な風の嵐により砂が空中に巻き上げられできるあれに飲み込まれたら、一貫の終わりだ。
急いで手綱を引き、砂嵐と逆方向にラクダを走らせた。
目視できるまで近付いた砂嵐から逃げることは不可能だ。焦る気持ちを抑えながら、身を隠せる岩影を探す。
轟々と音が聞こえ始め、風に飛ばされた砂が体を打つ。飛ばされそうになりながらも、必死にラクダの首にしがみつき、磐影を探すが、とうとう砂で前が見えなくなり、あっと思った次の瞬間には、私の体は空中に巻き上げられていた。
轟音で耳はおかしくなりそうで、絶え間なく砂で撃たれて体中が痛い。なんとか腕で目を庇いながらも、経験したことのない暴風に上下左右、もうどっちが上でどっちが下かもわからないくらいめちゃくちゃに体を揺られ、次第に意識が薄らいでゆく。
(私、死ぬのかな……)
 そう思った最後の瞬間、母の姿が脳裏に浮かんだ。
(ごめん。ここまでみたい……)
 私はそのまま意識を手放した。
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