【長編】戦(イクサ)小早川秀秋篇
お市の方
 四月二十三日
 秀吉は北ノ庄城に籠城する勝家
を包囲した。
 勝家は秀吉に降伏することを選
ばず自刃することを決めた。しか
し問題はお市の方をどうするか
だ。
 清洲会議から夫婦になり一年も
たたないうちにこのようなふがい
ない状況をむかえた。お市の方と
は雪に閉ざされて動けなかったほ
んのわずかな時間しか心を通わせ
ることはできなかった。だがこの
まま秀吉に手渡すのは口惜しい。
しかし一緒に自刃してくれるとは
思えなかった。
(いっそ殺してしまおうか)
 悩んでいる勝家のもとにお市の
方が現れた。
「私の命は欲しくはありません。
だけど、どうか子らは助けてくだ
さいませ」
 お市の方には兄の信長に自刃さ
せられた前夫、浅井長政との間に
三人の娘がいた。
「それでは子らが不びんではない
か」
 勝家はお市の方が自らの命乞い
をしてくれれば逃がそうと思っ
た。
 お市の方は勝家の気持ちを察す
るように懇願した。
「私はあなた様に付き従います。
そうすればあなた様の名誉は保た
れます。しかし子らまで道連れに
すれば後世になんと伝えられるで
しょう」
 勝家は自身の名誉などどうでも
よかった。気がつけば、お市の方
に子らと一緒に逃げ延びるよう説
得していた。
 二人の話し合いは夜明けまで続
いた。

 四月二十四日
 朝早くから秀吉はいつものよう
に懐柔策で勝家を降伏させようと
準備をしていた。しかし突然、城
から煙が立ち上った。
 城はあっという間に炎に包ま
れ、包囲していた秀吉の部隊は立
ち尽くしたままなにもできなかっ
た。
 やがて焼け出された三人の娘が
秀吉の前に連れてこられた。
「とと様とかか様はどうした」
 秀吉は動揺した口調で娘たちに
聞いた。しかしその答えは返って
こなかった。
 娘たちを連れてきた兵士から柴
田勝家とお市の方が自刃したこと
が告げられた。
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