【長編】戦(イクサ)小早川秀秋篇
大砲の威力、火箭の威力
 戦場では家康が大砲の性能を過
大評価し、その有効な使い方も分
からないまま撃たせていた。東軍
の軍事顧問になったアダムスは航
海士だったので大砲は使えず、ア
ダムスと同じリーフデ号に乗って
いた砲術師、ヤン・ヨーステン
(本名、ファン・ローデンスタイ
ン)は秀忠に同行していた。日本
で大砲を使えそうな加藤清正など
は関ヶ原から遠ざけられていた。
またこの時の天候は東軍に不利な
激しい西風と雨が降っていた。こ
のことが大砲を最強の武器ではな
くお荷物にしてしまった。そうし
むけたのは吉継の謀略でこれを見
越して西軍は大砲の射程距離の外
に陣取って動かなかったのだ。
 東軍の部隊は自分たちが圧倒的
な優勢だと思い込み、弾幕と強い
逆風の中で先陣争いをして突き進
んだ。これに対して西軍は島津義
弘の運び込んだ火箭が雨の中でも
飛ばすことが出来、着弾すると爆
発炎上して東軍の将兵を広範囲に
なぎ倒していった。
 大砲は火薬や弾丸を込めるのに
手間がかかり、向きを少し変える
にも一苦労だが、火箭は移動がし
やすくどんな向きにでも変えてす
ぐに発射させることができた。そ
して三成らがあらかじめ関ヶ原の
地形などを調べ、和算を利用して
簡単な弾道計算をしていた。それ
に加え激しい西風が幸いして射程
距離が伸び性能以上の効果がで
た。
 しばらくすると雨がやみ濃霧と
なったが西風ですぐに霧は流れ、
日も射してきた。しだいに蒸し暑
くなり、血の臭いや死体が焼けて
焦げた臭いが松尾山にも流れてく
るようになった。ふもとからは悲
鳴やうめき声も聞こえている。し
かし、秀秋の部隊は微動だにしな
かった。
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