【長編】戦(イクサ)小早川秀秋篇
秀秋対吉継
 その頃、戦いがこう着状態にな
り、圧倒的な勢力でいまだに勝て
ないふがいなさに家康は落胆の色
をみせていた。
「わしの負けじゃ。これで終わっ
たわけではない。もう一度、出直
そう」
 家臣たちも皆、自分たちの犯し
た失策にうなだれていた。
 一方、三成の陣営では家康の逃
亡しそうな気配が見えると歓声が
上がった。
「やった。家康に勝った」
 その時、松尾山から小早川隊が
ゆっくりと降りて来るのが見え
た。
 御輿に乗った大谷吉継の側で目
の代わりをしていた湯浅五郎が叫
んだ。
「ああっ、動いた」
 戦場で動こうとしなかった諸大
名も小早川隊が大蛇のように、松
尾山から大行列で不気味にゆっく
りと降りてくるのを凝視した。
 戦っていた将兵の中にも気づく
者がいて、一瞬、動きが止まっ
た。
 三成は目を見開き、ただ立ち尽
くすだけだった。
 小早川隊は松尾山のふもとに秀
秋、稲葉、杉原、岩見、平岡の小
隊ごとに整列して陣形を整えた。
そして稲葉の小隊が先陣をきって
走り出した。
 赤座、小川、朽木、脇坂の四隊
は自分達が攻撃されると思い、逃
げ腰で後退りする。
 脇坂が狼狽して叫んだ。
「退け、あ、いや留まれ」
 吉継は湯浅五郎に秀秋の様子を
聞くと苦笑いした。
(やはり攻めて来たか)
 吉継はあらかじめ秀秋を説得す
れば味方したかもしれないがそれ
では家康に全ての計画がばれてし
まう恐れがあった。それで打ち明
けることができず、自らが家康に
近づいていたことが秀秋に影響し
たのではないかと悔やんだ。しか
しこうなっては全力で戦い秀秋を
退けるのみと心を鬼にした。
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