【長編】戦(イクサ)小早川秀秋篇
 正面から稲葉の小隊と大谷隊が
混じりあう。
 大谷隊の命を賭けた奮戦に対
し、稲葉の小隊は防戦した。
 大谷隊の将兵がうなる。
「ひるむな。突っ込め」
 稲葉が頃合いを見て合図した。
「さがれ、退却」
 稲葉の小隊は後込みしながら逃
げる。それに勢いづいた大谷隊は
一斉に追いすがった。
 その頃、松野の別部隊は森の
木々に隠れて大谷隊の背後に回り
こもうとしていた。
 稲葉の小隊が引き下がったのを
受けて、杉原の小隊が押し出す。
それを迎え撃つ大谷隊。
 少しして杉原の小隊も弱腰で下
がっていく。
 その様子を聞いた吉継は秀秋の
哀れを感じた。
(兵の数に頼って正面攻撃をする
など、秀秋はやはり未熟者であっ
たか)
 岩見の小隊も反撃に加わるが劣
勢のまま退く。それに代わって平
岡の小隊が突っ込んでいった。そ
して秀秋も後に続いて攻めた。こ
の時、秀秋は面頬をあえて着けな
かった。これが策略だと大谷隊の
誰かに気づいてほしいと思った。
しかし死にもの狂いの大谷隊の誰
一人として策略に感づく者はいな
かった。
 小早川隊の攻撃の仕方に家康は
一喜一憂した。
「出陣したはいいが、何じゃあれ
は。なぜ一気に攻めん。秀秋に期
待したわしが愚かじゃったか」
 小早川隊は一方的に大谷隊に追
い回され始めた。それでもなお大
谷隊は小早川隊を攻め続け、赤
座、小川、朽木、脇坂の部隊が背
後になっていることに気づかな
かった。
 秀秋は赤座の方に目をやった。
 今まで逃げ腰だった小早川隊が
態勢を変え整列して一枚岩のよう
に踏みとどまった。その一瞬、時
が止まったように静寂に包まれ
た。
 少しの間があって湯浅五郎の
「あっ」という声に吉継は異変を
感じた。
「何があった」
 ようやく赤座は小早川隊の変化
に、状況がのみこめ叫んだ。
「今だ。大谷を攻めよ」
 それに続いて小川、朽木、脇坂
の部隊も大谷隊の背後に襲いか
かった。
 吉継は何が起こっているのか、
まだ把握できなかった。
「何だ」
 大谷隊は背後から崩れるように
消滅していく。
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