【長編】戦(イクサ)小早川秀秋篇
滝川一益の隠遁
 家康と信雄の前に引き立てられ
た一益は何食わぬ顔で言い訳を始
めた。
「わしは秀吉殿から信長様がお戻
りになるので尾張の城を預かるよ
うに言われただけだ。蟹江城の与
十郎もすでにこのことはご承知の
ようで快く城に入れてくれました
ぞ。それで信雄殿もご承知と思
い、使いの者を大野城に向かわせ
た次第」
「いやわしは知らん。与十郎め秀
吉に内通しておったか」
「なんと、秀吉め降伏したわしを
だまして殺すつもりであったか。
この歳まで生きながらえてこのよ
うなたわいもない計略が見抜けぬ
とは……。落ちぶれたものよ。家
康殿、わしはこのような恥辱は耐
えられん、今すぐにでも首をはね
てくだされ」
「何を申される。信長様に仕え
数々の武勲をあげたればこそ、信
長様のためとあらば何の疑いもな
く従われる忠義者のそなたを殺せ
ようか。憎っくきは秀吉ぞ」
 一益は肩を落として泣き崩れ
た。
「そうじゃ。一益がどれだけ父上
の助けとなったか、幼い頃よう聞
かされたものじゃ。そこで一益に
頼みがある。裏切り者の与十郎を
討ち取ってきてもらいたい」
「ありがたきお言葉、かたじけの
うござる。これを織田家最後のご
奉公とし、この後はすぐに出家し
て信長様を弔う余生といたしたい
とぞんじます」
「それがよかろう」
 家康が賛同し、一益はすぐに
立って蟹江城で何も知らず待って
いた与十郎を切り捨てた。
 開放された一益はすぐに京の妙
心寺に向かい出家して仏門に入っ
た。
 この頃、秀吉は一益が尾張を首
尾よく攻めれば自らも進撃しよう
と近江に待機していた。そして今
は美濃の岐阜城に移り一益が敗退
したという知らせを聞いていた。
「一益め衰えたな。出家もしかた
あるまい。じゃがようやってくれ
たわ」
 秀吉は尾張を奪い取れなかった
もののこれで思い通りに事が運ぶ
とほくそえんだ。そして一益に越
前、大野の隠居分三千石を与え
た。
 戦国の世には珍しく無事に退い
た一益は茶の湯を楽しみながら穏
やかな晩年を過ごすことになっ
た。
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