【長編】戦(イクサ)小早川秀秋篇
織田信雄の困惑
 織田信雄は山口重政を呼び、一
益の使者が話したという父、信長
が転生した子のことを問いただし
た。
「信長様が転生したという三歳に
なったばかりの幼子は大坂城で秀
吉をはじめ多くの家臣の集まった
中、信長様の好まれた敦盛を堂々
と謡ったそうでございます。また
その後、家臣の誰かが過去の思い
出を問われると、その幼子が申す
には、南蛮人から送られた甲冑に
槍でついたような穴があり、そこ
を金で埋めさせたと、それが清洲
城にあると言っておったそうで
す」
 信雄はハッとして家臣を呼び、
城の思い当たる場所を探させると
幼子の言ったとおりの南蛮甲冑が
見つかった。
 信雄に呼び出されてこの話を聞
いた家康は、そのことを知ってい
る誰かが幼子に言い聞かせたに違
いないと一笑にふした。実は家康
のもとには早くから伊賀衆により
信長が転生した子の話は届いてい
た。
「これが秀吉の計略ならなぜ世間
に吹聴しないのだ」
 信雄の疑問を家康も感じてい
た。
「確かにいつもの秀吉なら大げさ
に触れ回っているでしょう。しか
し、今は己の天下取りをしている
最中。信長様が現れたような話は
混乱を招くだけと判断しているの
では」
 なおも信雄の不安は消えない。
「もしかして父上が見つかって秀
吉のもとにいるのでは……。本能
寺が焼け落ちた時、かなりの深手
をおっておられるはずじゃ。秀吉
が父上をどこかに閉じ込めて、言
いなりにしているのではないだろ
うか」
 家康はこのことで信雄が弱気に
なることが怖かった。
「分かりました。この家康が十分
に探ってまいりますので今しばら
くご猶予をくだされ。けっして憶
測で動いてはなりませんぞ。秀吉
の術中にはまるだけです」
 信雄は承知したが浮かぬ表情は
消えることはなかった。
 その頃、秀吉は摂津の有馬にあ
る温泉でのんびりと湯治をしてい
た。
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