【長編】戦(イクサ)小早川秀秋篇
 家康は一つ咳払いをしてその場
を静め、すぐ笑みを浮かべた。
「そうそう、太閤のご遺言によ
り、秀秋殿の以前の領地が戻され
ることが決まりましたな。よろ
しゅうござった」
「その礼に参った。家康が力添え
をしてくれたおかげだ。今後、役
に立てることがあれば何なりと申
せ」
 それを聞いた家康は強い口調に
なった。
「ほほぅ、秀秋殿に助けてもらう
ようでは、わしも隠居せねばなら
んのぅ」
 家康の家臣たちは秀秋を覚めた
目で見つめ苦笑した。
 そこで秀秋は「はっ」と表情を
変え平伏した。
(しまった。俺は小早川、豊臣で
はなかった)
 秀秋は我にかえり、家康にとっ
て今の自分は身分の低い、ただの
小僧でしかないことに気づいた。
 家康はわざと高笑いを続け、家
臣たちもそれに従って声に出して
笑い出した。そして秀秋の無作法
を小声でけなし始めた。
「虫けらが殿の駕籠(かご)を担ぐ
とよ」
「ほお、それは見物だわ、駕籠に
たどり着く前に草履(ぞうり)で踏
み潰されるのがおちじゃ」
 秀秋の握りこぶしに力が入っ
た。
(身分とはこうも違うものなの
か…。だが、見ておれ、いつかこ
の借りは必ず返す)
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