大きな河の流れるまちで〜番外編 虎太郎の逆襲〜
土曜日。新人戦当日になった。
今日はからりと晴れ、朝から蝉の声も聞こえる。暑くなりそうだ。
僕は日課になってきたランニングを終え、シャワーの後リビングに入った。ナナコが
「今日は暑くなりそうだから、キチンと、水分を摂ってね。」と言いながら、保冷剤代わりに500mlのスポーツドリンクを凍らせたものを2本弁当の上に乗せた。
「わかってる。」といって、ナナコに近づく、ナナコは、僕の顔を、ちょっと見て、僕が何を気にしているのか気づいて、
「今日は、あやめちゃんは模試だって言ってたわ。その代わりに、これ。」と、ラッピングされた、包みを見せて、
「パウンドケーキよ。昨日、あやめちゃんと作ったの。持って行って。」と、バッグに入れようとしたところを、つかんで、乱暴にラッピングをはぎとり、口に放り込んだ。ナナコはため息をついて、麦茶を差し出す。喉につかえそうになっているのを、見かねたからだ。
「虎太郎、パウンドケーキはそんな風に、食べるみのじゃないでしょう。」と呆れた声を出す。
僕は、黙って、テーブルの上に並べられたおにぎりもついでに頬張り、そして、さらに、ナナコが差し出したパウンドケーキももうひとつ、口に詰め込んで、2階に上がった。
そうか、模試だったか。
今までの試合は、必ず、あやめが見に来ていた。バカでかい車を待たせ、遠くから、そっと見ていたのだ。友達や、家族たちが観戦している場所じゃなくて、もっと、遠くから。サッカーのルールも知らないくせに。
僕は試合前に必ず、あやめを見つけた。
そして、試合に向かったのだ。
仕方ない。
あやめとは、もう、ずっと話をしていなかったし、家族に試合のことを告げたのは、今週に入ってからだった。
あやめは、模試の方を優先すべきだ。医師になると決めたのだから。
僕が、今日の試合で、いいプレーが出来たら、また、試合に出られるチャンスはやって来る。
そしたら、次にはちゃんと、見に来て欲しいって、言おう。
僕はそう気持ちを切り替えて、ユニフォームを用意した。
「おーい、チビ虎、」下からリュウの声がする。
「仕事に行くついでに送って行こうか?」リュウは休日出勤なんだな。車で2人きりはかんべんしてほしいと思って、
「自転車でいくからいい。」と返事をする。今日の試合は川沿いをのグラウンドだから、荷物が多くても気にすることはない。
僕は、階段を駆け下り、リュウより先に行ってきますと、弁当をつかんで、家を出た。
エレベーターの中で、思い出す。そういえば、ナナコのハグと、キスを受けなかった。僕は、結構緊張しているんだな。と自覚した。
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