大きな河の流れるまちで〜番外編 虎太郎の逆襲〜
「今日は、荒れてるんだなぁ」とサッカー部の紅白戦が終わったところででチームメイトの中野駿太(しゅんた)に声をかけられる。駿太は、サッカー部の1年生15人を取りまとめる、ムードメイカー兼リーダーみたいな存在だ。隣のクラスで結構仲がいい。
「顔がすげー怖かった。」と言われ、機嫌の悪さがプレーにも出ていたのかと反省する。
「ごめん」と下を向くと、加賀実(みのる)が、
「虎太郎はそれぐらいでいーんだよ。おまえ、ちっとも、削ってこねーし。」と笑った。駿太と実は昔、同じ少年サッカーチームにいたとかで仲がいい。そして、実は1年の中で、多分1番サッカーが上手い。駿太が、
「なんかあった?」と聞いてくるので、
「ちょっと、家で…」と言葉を濁すと、ふーんと言ったが、それ以上は、聞いてこなくて、ホッとする。
とても、恥ずかしくて人には言えないな。と着替えながら昨日の事を思い出す。
昨日帰って、リビングに入ったら、俺たちの食卓で、あやめと、家庭教師の永野智樹(ともき)というメガネをかけたスーツの男が、ナナコの焼いたチーズケーキを食べながらニコニコと喋っていたからだ。僕は乱暴に椅子に座り、ナナコに
「俺にもケーキ」と言って、ナナコに笑われる。何がおかしいんだ?メガネの男が
「君が、虎太郎君?」とニヤニヤして、自己紹介してくる。爽やかな笑顔と、女子に言われそうな二重の切れ長の目と、整った顔立ち。気に入らない。
「ナナコさんの美味しいケーキが食べられるなら君にも勉強を教えようかな」とナナコに、笑いかける。そんなにやけた顔をナナコに向けると、リュウに殺されるぞ、と心の中で毒づく。あやめが
「これから、90分数学教えて貰うの。」と俺に言う。週に2回90分ずつ、物理と数学を教えてもらうことになっているらしい。19時から20時半。今までは一緒に夕飯を食べていた時間だ。…気に入らない。あやめをぐっと睨むと、
「チビ虎、先に夕飯食べてね」と俯いた。当たり前だ。俺はサッカーで腹が減ってるんだから。永野はクスクス笑って、
「虎太郎君、チビ虎って呼ばれてるんだ。」と言った。おまえにはゼッテー呼ばれたくないと心の中で叫んで、足音を立てて2階に上がる。
ナナコが「虎太郎、すぐにご飯にするから」と声をかけてきたが、怒りで返事が出来ない。
次にナナコに呼ばれた時は2人とも、東野の家に行っていなかった。
ナナコが、野菜スープをよそいながら
「あやめちゃん、医学部に行くために頑張っているのよ。少しは応援してあげたてもいいのに」と言う。僕は
「分かってる」と小さな声で言う。あやめが、医師にという仕事に就こうと決心した事は分かっているのだ。
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