大きな河の流れるまちで〜番外編 虎太郎の逆襲〜
あやめを待って、リビングでダラダラとソファーに横になる。やっぱり、ちょっと大人げなかったかと、思って、気になったのだ。
うとうとしていると、帰ってきたリュウの声がする。
「あやめはまだ、勉強してるのか?」とナナコに聞いている。ナナコが、
「あやめちゃんは、リュウみたいに優秀な医師になりたいんだって、言ってたわ」と、笑った声で返事をする。リュウは
「ふーん、俺が優秀だってやっと分かったんだ。」とクスクス笑う。家の中のリュウは大きな子供みたいに振舞っているからだ。
でも、去年の夏休み、あやめの気持ちを動かす出来事が起こった。
僕ら2家族は8月の後半2週間をハワイで過ごす。ハワイの気候がナナコの体に合っていて、のびのび暮らせるのが主な理由だ。働いている大人達は大体10日前後の休みを、入れ違いにとる。リュウは初めと終わりに5日ずつ休みを取って、ナナコの往き帰りに付き添うのが慣例だ。去年は子供達とナナコにリュウ。それと、壮パパが行きのひこうきは一緒だった。大人と、あやめはビジネスシートだけど、男どもはエコノミーシートだ。リュウの、おまえらは、自分で稼いでからビジネスに乗れというひと言で、そんな扱いだ。あやめだけ、特別扱いで、腹立たしいが、ちゃんと眠らないとお肌に悪いっていう、屁理屈が通った形だ。リュウも壮パパも女子に弱い。特にナナコ機嫌を損ねると、食料事情が極端に悪くなるので、皆、気を使っているのだ。
そして、羽田を夜遅く出発して、30分ぐらいでそれが起こった。
いわゆる、お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか?って言うやつだ。リュウは、のっそり手を挙げ、ナナコの頬にキスをしてから、聴診器を片手に席を立ったそうだ。(後で、あやめに聞いた。)リュウはナナコの呼吸状態確認のため、遠出の時は手元に聴診器をいつも持っている。そして、キャビンアテンダントとファーストクラスにはいり、15分ぐらいで戻ってきて、ナナコと壮パパに空港に戻る事にした。と、告げ、また、ファーストクラスの座席に戻ったらしい。機長のアナウンスで、急病人が出たため、一旦、空港に戻るという趣旨が伝えられたため、機内は大変な騒ぎになった。リュウと一緒にいた、ナナコと壮パパにも非難する言葉をいう輩がいたそうだが、壮パパの、あなたや、あなたの家族が急病になったとしたら、飛行機は戻さないでいいのかと言う言葉で、黙ったそうだった。
飛行機が羽田に戻り、2時間遅れで出発した後、機長から、再度アナウンスがあって、先ほど、大切なお客様の命を助ける事が出来た。乗り合わせた、尾崎医師に心から感謝をしたい。と言う言葉で、機内に暖かい沢山の拍手が起きた。当のリュウはぐっすり眠ってしまっていて、仕事をしただけだと、後から言っていたらしいが、医療機器のない機内での診察と、診断。飛行機を、戻すという決断は、やはり、優秀な医師って事だろうな。と僕らも思った出来事だった。ハワイに着いてからリュウは、乗り合わせた人達に囲まれたりして、ヒーロー扱いだったのだが、壮パパが航空会社に頼んで、別ルートから空港を後にすることが出来て、ホッとした。
そして、あやめは医師という仕事に就きたいと思わせる大きな出来事だったみたいだ。
旅行から帰ってあやめは、医師になりたい。と両親に告げたそうだ。女の自分でも、資格と、技術で家族を守る事が出来ると思ったと言って…
だから、あやめの決心を応援するっていうのは、当然の事だ。と自分に言い聞かせて、待っていたのに。
事もあろうか、あやめの奴、家庭教師とリビングに現れ、一緒に夕食はどうかと、聞いているのだ。
ナナコも是非、どうぞと誘っている。でも、威圧感たっぷりのリュウに怖気ずいたのか、今日は帰ります。と辞退して、
「チビ虎君も寝ちゃってるし…」と付け足しのようにいったのだ。
チビ虎って呼ぶな!!お前には呼ばれたくねーんだよ!!と寝たふりでふてくされたままになってしまったのだ。
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