…だけど、どうしても
「でもね、私は無力だから。だからこれしか、できることがなかったの。本当は、誰にも心配をかけない手段で、私の希望を通したかった。だけど術が無いのよ。
私は、今まで自分の意志を押し通すやり方を学んでこなかった。だってそれは私の人生に必要の無いことだと思っていたから。
ずっと、するべきことをするのが私の人生だ思っていたの。何も不満なんてなかったわ。この家が好きだし、お父様もお母様も、充分に愛してくれている。私は幸せよ。だからお父様が望むように、東倉の役に立てるように、生きていくつもりだったの。
今でもそうよ。私はこの家に反乱を起こしたり、お父様に逆らったりしたいわけじゃないの。ただ、この人を好きなの。
こんなこと駄目だって何度も思ったわ。どんな視点から見たって、私と彼が付き合うことは、正解だとはとても思えない。
だけど、彼が好きだって言ってくれたの。何度も何度も、つかまえてくれたの。諦める努力をしていたはずだったのに、私、本当に嬉しかった。
それから彼が婚約しようって言ってくれて、その時、初めて悔しいって思ったのよ。彼は私を守ろうとしてくれているのに、肝心の私自身は守られるばかりで、何もできない。好きな人と歩む人生を、自分で手に入れる力も無い。
私ができることは、結局こうしてみんなに心配をかけることだけ。今でも悔しいわ。悔しくて悔しくて仕方ない。だけど」
遂に声が途切れた。
俺達はいつの間にか、どちらからともなく、テーブルの下で手を繋いでいた。
最初にしっかりとしていた声とは裏腹に、その手は震え、俺の力を必要とするように、だんだんと強く俺の手を握りしめるようになっていた。
「だけど、どうしても…」
下を向いた花乃の両目から、涙の雫が落ちた。
「この人を好きなの。」
どうか許してください。
最後の一言はほとんど聞き取れないほど小さな声だった。
…俺は。
俺は、どれだけ抱いても、完全に手に入ったとは信じられなかった花乃が、本当に俺を愛しているのだと、今初めて心の奥底から感じて。
満たされて、満たされて、満たされて。
満たされすぎて、
胸が詰まった。