…だけど、どうしても
花乃は上がった息を無理に押さえつけるようにして、外灯の光できらりと光る涙の溜まった瞳で、俺を見上げた。
「…ごめんなさい、私…」
蚊の泣くような声で言う。
「私今日は、あまり、体調が良くないの…」
この期に及んでそんな言い訳をする。それは俺への配慮なのか。おぼつかない足取りで俺の横をすり抜けようとする。
「待って…」
俺はやっとのことで声を振り絞った。やわらかな二の腕に縋るように彼女を引き止める。
「…悪かった。先走って…謝るから。ごめん…」
ああ、俺はなんてみっともない真似をしているのだろう。どんなに情けなくても、どうしても花乃をこのまま帰すことだけはできなかった。
花乃は何か言いたげに、切なそうに眉を曇らせて、首を振る。小さな兎みたいだった。
「違うの、」
「何もしないから。食事ならいい?」
彼女は戸惑って沈黙する。きっと、なるべく穏やかに断れる最善の言葉を探している。だけど俺は引き下がれない。
「今すぐ付き合えとは言わない。ゆっくり考えてくれていいから。東倉の…ご両親に、説得が必要なら俺がするから。何でもするから…」
無様な台詞を続ける。高木が聞いたら、大笑いするだろう。あの芹沢が、膝まずかんばかりで、女に取り縋っている。
花乃は迷いながらも根負けして、睫毛を震わせ、かすかに頷く。
俺はやっと花乃から手を離して、のろのろとジャケットのポケットから名刺を取り出した。
「俺の連絡先。いつでも連絡して…待ってるから。」
花乃に無理やりそれを押し付ける。
花乃はもう拒絶しなかった。申し訳なさそうに俺の名刺を受け取って、何か言いかけて、結局何も言わず俺に背を向けた。
「連絡、するから。」
その背中になおも弱々しく言ったが、またも俺が彼女の連絡先を聞きそびれていたことに気づき、自分はどこまで間抜けな男に成り下がれば気が済むのだろうと絶望的な気分になるのは、翌日のことだった。