…だけど、どうしても

あなたのお気持ちはよくよくわかりました、今日のことは目をつぶりましょう、と言った黒田の表情からは、口先だけでそう言っているのではなく、黒田なりに紫苑を認めていることが伺えた。それでも、おとなしくは引き下がらないのが黒田らしかった。

「しかし、あなた方の交際を、旦那様と奥様にご報告するにはまだ時期尚早かと存じます。芹沢さん、わたくしはあなたのお噂を散々耳にしていますのでね、すぐには信用できないのでございますよ。できれば、この黒田を安心させて下さるようなお付き合いを心がけて下さいまし。」

紫苑はそう言われ、しばし口を引き結んで沈黙した後、

「感謝します。」

と言った。私は蚊帳の外で、紫苑と黒田の間で言葉にはしない、何かの約束が取り交わされたのが、見えた。
そのまま玄関から上がることなく帰っていった紫苑の姿がドアの向こうに消えると、ドアから目を離さずに、黒田がぽつりと呟いた。

「たいした男ですな。」

それだけで、黒田は何事もなかったかのように今日まで振る舞っているけれど、もう私が紫苑の部屋に泊まっても連絡さえ入れれば苦い顔をしなくなったし、あの男には気をつけなさいというようなことも言わなくなった。ただ、一切彼のことは話題に上らなくなり、紫苑という人は黒田の中には存在しないかのようになっていた。

まだ完全に認められたわけじゃないんだろ、目光らせて落ち度を探してるんだ、と、紫苑は何でもないことのように笑っている。
それでもクリスマスは一緒に過ごすことを黙認してくれた。彼がれっきとした恋人であることは、黒田もわかってくれている。

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