…だけど、どうしても
紫苑に抱えられながらぐらぐら揺れる足でなんとかトイレの前に辿りつくと、さすがに女性用トイレの中まで付き添うわけにもいかず、紫苑は一旦私を離した。
途端に崩れ落ちそうになる身体をなんとか壁に手をつくことで支えながら、そのまま壁を手でつたい、個室まで一歩、また一歩と進み、果てそうになる力を振り絞って、歩いた。
「…っ、う…」
便器の前にしゃがみ込むなり、押さえ込んでいた吐き気が一気に込み上げ、胃がうねったと思ったらもう嘔吐していた。
「っ、は、うぅっ、うっ…」
止まらない。気づけば涙までぼたぼたと垂らして、私は吐き続ける。
やがて胃液しか吐くものがなくなっても、吐き気は収まらない。体力まで吐き出してしまったかのように、私はお尻を床にぺたりとくっつけて、座り込んで立ち上がれなくなっていた。
どうしよう。
遂に何もかも吐ききってしまって、私は口元の唾液を拭って放心する。
便座に手をつき、よろよろと立ち上がった。
吐瀉物を全部流して、洗面台の前に立ち、水を口に含み、何度もゆすぐ。
どうしよう。紫苑が待ってる。
鏡を見ると、紙のように真っ白な顔の私が映っていた。明らかにただ事じゃない。こんな顔でどんなふうにごまかしたって、紫苑は納得なんかしてくれない。
鏡の中の自分と向き合う。
いずれこんな日が来るんじゃないかって、思っていたでしょう。
本気で、あの愛しい人とずっと一緒にいられると思っていたの?
手を伸ばして鏡に触れ、頬の輪郭をなぞる。
愚かな女。
紫苑との日々が脳裏に次々と走り出して、私はまた泣きそうになってしまう。
あの夏の日。雨の日。私を捕える黒い瞳、あの美しい笑顔、あの低い声…
これ以上何を望むっていうの?
これ以上幸せになれるとでも、思っていたの?
何を勘違いしていたの。
馬鹿な女。
私は深呼吸する。背筋を伸ばして。
紫苑がきっと、心配して待っているから。