…だけど、どうしても

2.



人生で、これほど派手に失敗したことはない。
高木は一部始終を聞き終えると、馬鹿笑いして床に転げ回った。

「おま、何しに行ったんだよ、何喧嘩売ってんだ信じらんねえ…」

花乃とはあれから、また会えない期間が続いている。家から出してもらえないのだと言う。家から一歩出たら俺にさらわれるとでも思っているのだろうか。俺はすぐにでも東倉家に乗り込みたい気分だが、勿論これ以上悪手を打つ気はない。

心配しないで、と電話の向こうで花乃は言う。私は元気だから。父をなんとか説得してこの状況を打開するわ。

というわけで、俺は何もできず、ただ毎日仕事をしている。
花乃と出会う前の日常と何ら変わりはない。
だが俺はこうも変わり、いつ花乃に会えるともわからない世界はこんなにも虚しい。

今日もそのまま空の部屋に帰るつもりだった。

暗くなり始めた空を見上げるでもなく見ながらオフィスを出ると、真正面に黒塗りのハイヤーが停まっていた。
これはまたベタな、と思っていると運転手が出てきて、うやうやしく後部座席のドアを開けた。
ふわり、と花の香りが漂うような、錯覚を覚えた。

痩せた身体、気品のある身のこなし、幻めいた色素の薄さ、口元に浮かべた儚げな微笑み。
けして急いだ足取りではなかったが、後部座席から降りて、その女はまっすぐ、迷わず俺の目の前まで歩いてきた。

驚いた。
ひと目で誰だかわかった。

花乃の母親だった。
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