恋した責任、取ってください。
 
「3歩歩いちゃったらパドルを漕がなきゃなんないのかあ、ルール変わったんだろうか」

「へ? 人?」


壁のようにデデーンとそびえ立つ男性。

思わず言ってしまった失礼な本音に慌てて口元を手で押さえていると、しかしその男性は私の手にあるバスケの教本を大真面目な顔で覗き込みながら、腕を組み、うーんと唸っている。


壁だと思っちゃいましたなんて言えないし、どうやって謝ったらいいのー!? と頭が真っ白になっている私は、目を見開き固まるのみだ。

この人、ブルスタ関係者なんだろうか。

これから一緒に仕事をするかもしれないのに初対面で失礼なことを言っちゃって、この先の仕事関係に支障が出たらどうしよう……!!

胃薬、もっと飲んでおけばよかった!すでに胃の痛みが尋常じゃないんですけれどもっ!!


「あれ、なんだ、トラベリングのことじゃん。マジ焦った~。あははー、びっくりー」


するとその人は、呆気に取られる私をよそに心底胸を撫で下ろしたふうに安堵の溜め息をこぼすと、改めて私を見下ろし、ふわっと笑った。


「……っ」


その瞬間、私の全身に、まるで雷に打たれたかのようにビリビリと電流が駆け巡った。

茶色の髪、凛々しい眉毛の下の瞳は少しタレ気味で優しげで、すっと通った鼻は高く、口元は口の端がきゅっと上がってすごい可愛らしい。

低いのに全然怖さを感じさせない声はやっぱり優しくて、きっとこの人の人柄なのだろう、不思議な安心感ももたらしてくれる。

もしもそんな声で「夏月」と名前を呼ばれた日には卒倒してしまうんじゃないかと思うほどの衝撃があり--要するに私は、彼の瞳に捕らえられた瞬間、心まで捕らえられてしまって。


そして、生まれて初めての恋に落ちた。


壁だと思ってごめんなさい。

一目惚れです、つき合ってください。
 
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