【詩的小説短編集】=想い=
お別れ……ですか?

「卒業生、入場!」

静かだった体育館に拍手が沸き上がった。

胸に赤い花をつけた私は恥ずかしさを隠しきれないまま流れに身を任せ、拍手の波の中で用意された席へと歩いた。

厳粛な空気の中で式は静かに始まる。

「卒業証書授与」

司会の掛け声で1年間、担任であった教師がクラス毎に一人づつ名前を呼んでいく。

「3年C組」

大好きなあの人のクラスになった。

隣のクラスの彼が呼ばれる。
この式が終わったらきちんと話しをしよう。学校帰りに立ち寄っていたあの喫茶店。

いつからだろうあなたの姿を見掛けるようになったのは…

何となく目が合って、それから話すようになった。
理由なんて忘れてしまったけど、あの人に会える放課後だけが私の唯一の楽しみだった。
別々の進路を選んだ私達は、今日が終わってしまえばもう会えなくなる。

だから言わないと……
『これからもあの場所で会えますか?』

式が終わり、下級生達の花道を抜けるとあの人が待っていた。

「これでお別れだな」
「……」

「寂しくなるな」

そっと右手を差し出したその手にぐっと下唇を噛み締めて応えた。
遠くで彼を呼ぶ声がする。

『卒業……それだけが理由ですか?もう会えないのですか?』

声にならない思いが身体を駆け抜ける。

笑顔でさよならを言う彼に、最後の勇気を出してボタンが欲しいと言った。

彼は無言で胸のボタンを差し出した。

違う……それにこれは友情のボタン。

私の欲しいボタンじゃない。

彼からは、卒業したくない。

気持ち全部を伝えられない悔しさが、目頭を熱くする。

だからボタンを空に投げた。

青く澄み渡る春の空に涙と溜め息と想い出を全部、投げた。

=fin=

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