まどわせないで
 こんなに男性の体と近づいたのは、初体験のあの日以来だ。苛々を忘れた小麦の心は、たちまち不安に襲われた。

「どいて!」

 陸の下から逃れようと、小麦が暴れる。

「体、擦り付けるな。その気になる」

 呻くように熱を含んだ口調に、小麦の体が強ばる。戸惑いを隠さず見上げてくる小麦の表情は、無防備で―――見下ろす陸は、汚してやりたいと思った。
 鼻先で見つめ合うふたり。沈黙が包む。
 ど、どうしよう。キスでもするような雰囲気だ。
 小麦は逃げたいような、してほしいような不思議な気持ちに襲われた。
 陸の整った顔がゆっくり近づき、彼の前髪が顔にかかる。瞼を半分閉じた陸の唇からの吐息が頬にかかり、小麦はギュッと目を閉じた。胸をドキドキとさせてその瞬間を待った。
 陸は、怯えるように唇を震わせ、体を強ばらせる小麦に、動きを止めた。

「……やめた」

 その声に目を開けた小麦の視界に、近づきすぎてぼやける陸の整った顔があった。離れていくその姿に、緊張から解放された体が緩む。

「お前を相手にするほど不自由してないからな」

 やれやれ危なかったと、大げさにため息をつく陸に、再び苛々が込み上げてきた。

「こっちだってお断りよ!」

 指をさして、変なドキドキをさんざん味合わせてくれた相手に怒りをぶつける。
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