まどわせないで
 1週間後。

 別に気にしなくてもいいこと。うん、それはわかってる。

 一般事務の仕事を終えた小麦は家に帰り、自分で作った料理をテーブルに並べ、座った。今日の夕食は、生野菜のサラダに、ふわふわのオムライス、オニオンスープだ。
 いただきます、と手を合わせて食べ始めると、再び気になっていることを考え始める。

 新しくとなりに引っ越してきたひと、生活感が感じられない。
 風邪引いてたみたいだし、もしかして……死んでるってことはない?
 仕事をしている日中はわからないけど、マンションに入るとき上を見てもベランダから光が漏れることがなく、いつも暗い。生活音も響いてこないし、物音1つしないのだ。
 反対どなりに住んでいるひとは、金曜日になると飲み仲間を連れてくるのか、賑やかな声が聞こえるときがある。
 如月とは廊下ですれ違うこともなく、最初の挨拶から姿をみてない。
 本当にとなりに住んでるんだよね?
 スプーンにすくったふわふわのオムライスを頬張る。
 如月ってひとはちゃんと存在してる。引っ越しの挨拶に来たもの。
 おもむろに開けた窓から心地好い風が入るベランダを見た。いまはカーテンを開けた部屋の電気の明かりが外にもれている。そういえば、ベランダを歩き回るような音も聞いていない。一週間も過ぎれば、洗濯物を干す音や、布団を干すために歩き回る音が聞こえてきてもよさそうなものなのに。
 オムライスを数口食べて喉が乾いた小麦は、そこで飲み物がないことに気づいた。席を立ち、冷蔵庫から麦茶ポットを、食器棚からコップを持ってくる。
 再びテーブルについた小麦はそこでハッとした。
 風邪が悪化して、肺炎になってしまって高熱を出して朦朧としたまま、孤独死……なんてことはないよね?
 死んでないまでも、誰にも連絡できず苦し気にもがき、のたうち回ってたりとかしたら……大変!
 隣接する白い壁を見つめ、ゴクリと唾を飲み込む。してはいけないことをしているような、後ろめたい気持ちを横に追いやる。
 壁に身を寄せ、固く冷たいコンクリートに耳を押し当てた。
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