吸血鬼の翼




「さあ、イルトこの場所が悟られる前に早く行きなさい。」

「………ルイノ、俺はこっちへ帰って来れるのか?」

一番不安だった事を口にすると、ルイノはイルトの肩に手を置いて少し強く押した。

「見つけるんだ、イルト」

先程問うた意味と繋がらないルイノの紡がれた言葉にイルトは理解を見い出せない。
何を?何を見つければいいんだ?
すると、ルイノはあの真っ白い空間を見つめた。

「…君にして貰いたい事だよ。」

「俺に?」

新緑の瞳に一筋の光を宿し、ルイノは一歩、後ろへ下がった。
一体、この司祭はどれだけの知識を得て自分に何をさせようと言うのだろうか?
…何を知っている?
ルイノは一体…

疑問の頂点まで達すると、ルイノへ手を伸ばす。

その瞬間、鋭く空(くう)を切る音が耳へ届いて来た。

ザシュッ――!

穏やかなこの場所は、その音によって一変する。
最初に視界に入ったのは空に散る血飛沫。
それが床を濡らすと段々、この場を染めていく様に赤の色は広がっていく。

目の前を見れば、自分にとってかけがえのない人の倒れ込む姿。
ルイノの腹部には先程、イルトを苦しめていたあの鋭く光る長い爪が刺さっていた。

「ルイノ――!!!」

ここまで、連れて来てしまったのか。

ロヴンに、あの狂気を宿す恐ろしい吸血鬼に気付かれた。

イルトは突然の最悪の事態に戦慄しながら、ルイノの傍へ駆け寄る。
それから止血をする為に治癒魔法を使おうとするが、手が震えて上手くいかない。

自分の歯痒さに思わず、拳を床に叩きつけた。

しっかりしろ…!

今、しっかりしないでどうするんだ!

自分に強く言い聞かせて、再びルイノの怪我した腹部の近くに手を置く。

再度、魔法を唱えるが、やはり上手くいかずに血が次々と溢れ、それはイルトの服まで染めた。
広がる赤に考えたくないモノが頭を過ぎる。

「何で、何で止まらないんだ…!」

我慢していた涙がイルトの頬を幾度も伝う。
ふと、自分の頬を撫でる手に気が付いた。
それは紛れもない、ルイノの手。
あの獣道で助けてくれた手。
礼拝堂で自分の正体を明かしても、受け入れてくれた。
この優しい手に何度、救われただろう。


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