吸血鬼の翼
美月は下を向いたままで、顔を上げようとしない。
今の気持ちや気まずさでは、あわす顔なんて持ち合わせていない。

でも、どうしても千秋を助けたいの。
私の一番の親友を失いたくない。
どうしたら、誰にも迷惑を掛けずにいられただろう?
そんな術があるのなら、そうしたい気持ちで一杯だ。

心の中では沢山の想いや言葉は溢れるのに、声に出す事が出来ない美月は黙り込むしかない。

重い空気にラゼキは溜め息を吐いてしゃがみ込む。
それから、美月の頭を手の平で撫でつけて自身の胸元へ押しやった。

「…え?何?」

「全く、手の掛かる“嬢ちゃん”やで。」

唐突なラゼキの行動に驚いた美月は思わず、素っ頓狂な声を上げる。
それに対してラゼキは苦笑を漏らす。
ソファから離れさせた美月の背中をラゼキは自分の片腕で回すと柔らかく抱き締めた。

「すまんかった、怖かったやろ…ホンマに無事で良かったわ。」

「…ラゼキ」

労る気持ちがラゼキの手の平の体温から伝わって来る。
驚いた拍子に押し込めていた気持ちが今になって溢れ返りそうになった。
小刻みに震える体は恐怖が去った安心からのものだとはっきり分かる。

「…う、うえ…」

「ホラ、我慢せんと泣けや。全部吐き出しい」

優しい言葉に美月はとうとう今日、何度目かの涙を流す。
涙が枯れないのは今までの分。
ラゼキの体温が温かくて、嬉しくて胸元に顔を押しやる。
美月が泣いている間、ラゼキはあやす様に頭を撫でていた。

泣き止むまで暫くの間、そうしていた。


< 188 / 220 >

この作品をシェア

pagetop