吸血鬼の翼
漸く落ち着いた美月は目を真っ赤にしてソファに座っていた。力無くダラリと凭れる美月の様子にラゼキは思い出したみたいで口を開く。

「嬢ちゃん、“香”吸ったやろ?」

「……うん、多分…あの時に」

思い当たるのはイクシスが『来るな』と言ったその直後だ。
強烈な花の匂いだった気がする。

アレが“香”だとしたら…

もしかしなくとも、あの時イクシスは自分を守ってくれようとしていたのだ。

「…あの、イクシス君が“こっち”に」

美月は何となく罰が悪そうにラゼキの表情を窺う。
とはいっても、霞んでよく見えないから反応を待つだけ。

「…知っとるよ、それに向こうも気付いとったみたいやしな」

「え?」

静かな口調で喋る予想外なラゼキの言葉に美月は又しても、調子の外れた声を上げた。
いつの間に、知ったのだろう?

美月には皆目見当も付かなくて頭に沢山の疑問符を浮かべる。
それを見たラゼキは深い溜め息を吐いた。

「少女ばかりが消える廃ビルって噂で聞いてな、このビルを調べようと思って、周り張ってた時や。此処に来たらしいイク坊と目があったんやけどな、見て見ぬ振りされたわ…したら、嬢ちゃん等がビルに入っていくのが見えてな…」

「…それで、後を追って来てくれたの?」

怖ず怖ず尋ねる美月を見て、ラゼキは呆れた表情を浮かべる。

「まぁな、俺的にはイク坊が嬢ちゃんと一緒に居った事に一番吃驚したけど…」

「………私も、驚いてる…こうして、また…」

美月の薄茶の瞳は何処を見る訳でもなく、ぼんやりテーブルを眺めていた。
そう、また貴方達の様な人に会えるなんて思いもしなかった。

でも、きっと心の何処かでは会える様、そう願っていた。

そんな彼女を余所にラゼキは少し考える素振りを見せて直ぐに右手で美月の頬に触れる。

「…何…?」

「体内から香を取り除いたるわ、しんどいやろ…ソレ」

そう言ったラゼキは手の平に淡い光を宿すと美月の顔の正面に手を翳した。




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