勘違いの恋
「会社とは違って随分しおらしいんだな、水瀬」

 いやーな予感がして恐る恐る顔を上げると、そこには見知った顔が……。

「う、植松っ!? なんでここにいるの?」

 テーブルの傍に同僚の植松貴志が立っていた。人懐っこい笑顔を浮かべて私に片手をあげてみせる。

「……知り合い?」

 美咲が私と植松を見比べ、含みのある声色で興味津々に私に尋ねてきた。

「初めまして。私、水瀬智子さんの同僚で植松と申します。友人たちとそこのテーブルで飲んでたら、聞いたことのある声がしたもんだからつい聞き入っちゃって」

 私の植松への質問は完全にスルー。そして美咲が私に聞いているというのに、植松がちゃっかり答えている。

「しかし水瀬にこんな綺麗なお友達がいるとはねぇ」

「ふふ。お上手ですね」

 美咲と植松はそう言って優雅に微笑む。

 美人とイケメンの笑顔はなかなか絵になる眺めだった。

 植松は私と同期で、お互い顔を合わせれば色々と話はする。けれどそれだけ。仕事は出来るけれど、仕事の面以外では信用できない。それが私の植松への評価だ。

「……植松、友達は放っておいていいの?」

「いいのいいの。それよりこっちの方が面白そうだし」

 植松は近くにあったテーブルの椅子を引き寄せ、私の向かいに座る。

「ってか、なんなんだよその顔。俺が来たら急にテンション下がったんじゃねぇの?」

 不満気な顔で植松が私を見ると、美咲も苦笑しながら植松に話しかける。

「ホントだ。植松さん、智子って会社でこんな感じなんですか?」

「そうなんですよ。仕事の話だとガンガン話すくせに、仕事後になると一気に距離置くんですよ。ひどくないですか? ……結構傷ついてるんです俺」

 ふざけているのか、植松は悲しそうな顔を作ってみせた。

「そ、そんなことないよ。それに植松、終業後はいつも忙しそうだし」

 終業後の植松は、いつも社内外の女の子と歩いている。そして、同期ということもあり、植松に関しての色んな噂も耳に入ってくる。みんなが言う言葉をそのまま使うとするならば……。

 告白も別れ話も全て受け入れる男……らしい。

 何人もの女の子が植松に告白し、そして泣きながら離れて行ったと聞いている。


(だからこそ、なんだか近寄るのを躊躇っちゃうんだよね……)

 そんなことを思いながらビールを流し込んでいると、植松が私の顔を見る。

「しかし、水瀬って友達の前だとあんなリラックスした顔するんだな」

「……っ!?」

 あまりに植松が優しい顔で言うから、私はむせてしまい、涙目で咳き込む。

「ちょっと智子、大丈夫―?」

 口では心配したような言い方をしているが、私には分かる。今の美咲は……完全に面白がっている時の顔だ。

「だ、大丈夫……」

「お前、会社では立派なチーフなんかやってるようなヤツだからさ、どんな相手に対しても冷静に対応してるだろ? だから言い負かされてるとこなんか見たことないんだよな。放っておけないような気がして声かけちまったけど……」

 植松はそう言って口を一旦閉じて私を見つめた。

 植松に、っていうか男の人にこんな目で見つめられるのなんて久しぶり過ぎて、私は慌てて軽口を叩く。

「あはは。会社では気を張ってるけど、友達の前でなら気を張る必要もないじゃない?」

 そもそも社会人なんてみんなそうやって生活してるんだから……と続けようとしたところで、植松が立ち上がった。

「そろそろ、席に戻るわ。お邪魔しました」

 私と美咲に植松はそう言って、微笑む。

 そしてテーブルに手をついて、私のすぐ傍に顔を寄せる。

「俺の前でもそういう顔してろよ」

「っ!?」

 突然の言葉に、私が驚き過ぎて何も言えないでいると、植松は自分のテーブルへと戻って行った。

「……智子。顔、赤いよ?」

「……」

 美咲が頬杖をつきながらニヤニヤ顔で私を見つめていた。

「ね? 『隙』って大事でしょ?」

 ……何が『隙』なのかよく分からないけど、さっきの植松の顔がいつまでも私の脳裏に焼き付いて離れてくれなくて、顔が熱いのもなかなか治まってくれなくて……。

 私はそれからも何度も美咲にからかわれてしまうのだった。
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