猫系男子の甘い誘惑
 つまり、目の前にいるこのにやけた男――長谷川佑真――と、どうやら一線を越えてしまったらしいということを。

「ああ、大丈夫っすよ、昨日の倫子さんがすっげー可愛かったなんて、俺、誰にも言わないんで!」
「やめてぇぇぇぇ!」

 状況が違ったなら悲痛と言えそうな悲鳴が、倫子の口から上がる。

「そんなこと吹聴されたら死ぬに決まってるでしょ! 自死よ、自死! 首つってやるんだから……!」

(何が可愛い、よ。どうせすぐやれる相手くらいにしか思ってないくせに)

 ついでに言うと、昨夜美味しく頂かれてしまったということは、すぐやれる相手であることを倫子自身が証明してしまったということでもある。

 フリーだからいい、いや、よくないけど、よくはないのだが、これは自業自得というものだろう。

「……水」

(まあ、これはこれで犬に噛まれたとでも思って……)

 昨日の自分は泥酔していて始末に負えなかったであろう自覚はある。だから、ひょっとすると犬に噛まれてしまったのは、佑真の方かもしれなかった。

「……帰る」

 幸い今日は土曜日だ。明日一日のんびりしたら、月曜日にはいつもの顔をして出勤することができるはず。自分はそんなに弱くない。

「本当に? 昨日の倫子さん、あんなに泣いていたのに?」
「ちょ――泣いてたって!」

 いくらなんでもそれは想定外すぎた。昨日泣いてたなんて言われて、倫子はますます慌ててしまう。自分がショーツ一枚であることも忘れて、そのままベッドから転がり落ちるようにして、佑馬の方へと近づいた。
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