猫系男子の甘い誘惑
 彼の言いたいことがわからない。言葉を探す間を作り出そうと目を瞬かせると、荷物が床へと放り出される。扉に背中を預けるようにして立っていた佑真が一気に距離をつめてきた。

 至近距離から見つめ合う形になって、不覚にも胸が高鳴る。次に来るであろう行為を予想することはできていたはずなのに、顔を背けることさえできなかった。

「んっ――」

 技巧も何もなくただ押しつけられた唇が熱い。倫子の方から唇を開けば、佑真は舌を差し入れてくるだろうに、開くことができなかった。

 どのくらい長い間、そうしていたのかわからない。ただ重ねられた唇が送り込んでくる熱が、倫子の心を鷲掴みにした。

 もっと早く素直になっていたら、佑真との関係はどうなっていただろう。考えてみるがわからない。

 佑真に引きずり回されていたこの数ヶ月、余計なことを考えずにいられたのはありがたかった。

(認めてしまえば、楽になれるのに――)

 倫子の方が年上だからとか、ふられた直後に助けてもらったからとか、敦樹の後輩だから気まずいとかそんなの言い訳でしかなかった。

 佑真と過ごす時間は、楽しくて時に刺激的で。いきなり山に連れて行かれた時には驚いたけれど、身体を動かすのはたしかに落ち込んだ心に刺激を与えるのには効果的だった。

 受け入れる、入れないは倫子次第。ただ、差し出された手を受け入れさえすればいい。失いたくないと気づいてしまえば、あとはスムーズだった。
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