華子(なこ)

家族葬

翌朝は夜明け前に目覚める。絶対に遅れられない。
なぜなら家族葬で導師を頼まれているからだ。

中央線はよく事故などで遅れるからできるだけ早めに起きた。
秋葉原から京葉線へ千葉から普通の成田行き、都賀に着いた。
ありがたいことに晴天だ。喪服はひろこが克彦のを持ってくる。

駅を降りると向こう側に葬儀社が見える。ちょうどそこにひろこの
車が現れた。大急ぎで駐車場で着替えをする。

「なこをうちの息子の嫁にどうだろうな?」
「何を言ってるの、義兄さんとこのような常識外れのお家にはやれません」
「だけどもう35なんだろう?」
「ちゃんとした公務員を私が見つけます」
「そう」
「ま、選択支の一つとしては考えられるかもね」

ゴホンゴホンと治がむせる。ひろこがたばこを吸い始めたからだ。
「あ、ごめん。タバコ止めたんだっけ」
「ずいぶん前にね」

むせて涙が零れ落ちた。くそっ、この母親ならなこがあまりにかわいそうだ。
「ゴホン、ゴホン、ゴホン」
「大丈夫?義兄さん?」
治はやっとの思いで黒服に着替えた。

そこになこと竹山さんたちが現れた。親戚のひろこの姉夫婦も。
ひろこの姉は県の大幹部だ。

喪服のなこは髪をおろし肩までの長めのストレート。薄化粧で見違えるようだ。
思わず目を見張ってしまった。昨日のこともあったからまともには見詰められない。
皆で中に入り葬儀が始まった。

棺の前に焼香台が置かれ平台の上にお樒が山積みされている。
導師は儀典部で鍛えてあるから大丈夫だ。
「それでは松村克彦君の葬儀を始めます」
治はそう言っておもむろに鈴をたたいた。

「妙法蓮華経方便品第二 爾時世尊 従三昧 安詳而起
告舎利弗 諸佛智慧 甚深無量 其智慧門 難解難入・・・」

いつもよりはゆっくりと経をよむ。それにしてもなこはかわいそうだ。
このまま母親の犠牲にになり続けるのか。子を食い殺す鬼子母神。
悪しき母性の極み。その犠牲になることがほんとの親孝行なのだろうか?


「妙法蓮華経如来寿量品第十六 爾時佛告 諸菩薩及 一切大衆
諸善男子 汝等當信解 如来誠諦之語 又復告 諸大衆・・・」

母親の愛を振り切って自分の幸せをつかみ取ることの方が大事じゃないのかな。
克彦も一番それを望んでいるはずだ。悪しき宿業を断ち切る時、それは今だ!
治は鈴を大きく打って唱題に入った。

「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、・・・・」
順次焼香を始める。だけどひろこママは許すまいな。一番のドル箱だし頼り
になるのはもうなこしかいないのだから、手放すのはもってのほかだ。
ましてや京都になんて、て感じかなあ。くそっ。

「南無妙法蓮華経、、南無妙法蓮華経、、南無妙法蓮華経、、・・・・」
みすみす不幸になる娘を見捨てておけというのか。うーむ克彦、どうしろというのだ?
焼香が終わった。鈴を打つとお題目を三唱し治はおもむろに参列者のほうに向きなおった。

「宗祖日蓮大聖人上野殿後家尼御返事にのたまわく『生きておわしき時は生の仏。
今は死のの仏。生死ともに仏なり即身成仏と申す大事の法門これなり。これを悟るは
法華経なり。もししからば法華経をたもち奉るものは地獄即寂光と悟り候ぞ』

今故克彦の精霊は霊山へと旅立ちました。その願いはただ一つわれわれ遺族が過去の
宿業を断ち切って一日も早く自らの幸せを勝ち取ることだと思います。どうかこれを機に
過去の宿業を断ち切って・・・・・」

治は思わず感極まって言葉が続かなくなった。一度になこの可憐な姿が目に入って、もう。
「どうかどうかこれを機に一生懸命お題目をあげ過去の宿業を断ち切って幸せになりましょう。
ほんとにお忙しい中甥の克彦のためにお集まりくださいまして誠にありがとうございました」

やっとの思いで葬儀は終了した。ひろこと婦人部長の義姉がねぎらうように、
「りっぱでしたよ。御身内ですからさぞお辛いことでしょうね」
「義兄さん、感極まっちゃって」
「ああ、やはり身内やからな。普段こんなことないのに」

何言ってやがる、鬼子母神めらが。誰がなこの幸せを一番案じてるんや、と叫びたくなった。
棺にはあふれるほどの樒に覆われ出棺した。
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