華子(なこ)

斎場にて1

斎場で最後のお別れをしてみんなは控室に戻った。お茶が振舞われる中、
治は婦人部長に話しかけた。

「来月の地区総会で体験発表をすることになりまして原稿を書いてきました。
克彦の意識があるうちにと思ってたんですが間に合いませんでしたので、
代わりに聞いていただけますでしょうか?」
「ええ、もちろんいいですよ」

皆もその気になって注目している。克彦よく聞いとけよ。お前のおかげで信心できた。
言われたようにやってきてこんなに幸せになれたぞ、おれは。

「みなさんこんばんわ!私は蜂ヶ岡支部の副支部長松村治と申します。
元気一杯やりますのでどうかよろしくお願いします!

私は去年の3月に入信40年目を迎えました。その間交通事故4回。
離婚1回。倒産2回。それでもご本尊様だけは疑うことなく
お題目をあげ続け、折伏は少ないですが8世帯。去年は孫二人に
御授戒させることができました!

さて来年3月が入信40年目というおとどしの夏に、
19年間営業してきた映画村のテナントを突然撤収するようにと
宣告を受けました。売り上げは今一つで後継者もなく、
リニューアルの話もなかったので覚悟はしておりましたが
二年前とは大違いでいくら食い下がってもだめでした。

そこでまずお題目をあげ、誰とは申しませんが中堅幹部の方に
指導を受けに行きました。私としては手塩にかけてきた京都特産
北山杉の抜き表札、糸鋸で細かく切り抜く芸術品ですが、
かなり映画村名物として浸透してきたと思っておりましたが、
それを推し進めるための激励を望んでいたのですが、

もろにその目論見を見透かされ、ぼろくそに言い放たれました。
『北山杉なんかいくらでもそこらへんに転がってますやん。
執着を捨ててゼロからやり直しなはれ』

くそっと思いながら帰ってすぐめちゃくちゃお題目をあげました。
1時間2時間3時間。すると「そうかもしれん」と素直に思えて
くる自分に驚きました。

人の言うことを一切聞かず、がむしゃらに今までやってきた自分
でしたが、嫁はんも息子も同じようなことを言ってました。
『あほ、北山杉除いたらわしに一体何が残るんや!』
とその時は思いもしませんでした。
< 19 / 21 >

この作品をシェア

pagetop