秘色色(ひそくいろ)クーデター




 家に帰ったのは、七時過ぎになってしまった。

 あのままずっと指導室に閉じ込められて、先生たちにもたくさん怒られた。反省文も書かされて、散々だった。

 まあ、そのくらいのことをしようとしたのだけれど。

 でも、来栖先輩のしたことについては会長も言わなかったらしく、それに関してはなにも言われなかった。


 帰り、靴箱のところで見かけたのは順位表。
 けれど。
 そこには全員分の名前ではなく、上位50名だけが書かれていた。

 どういう過程があって突然そんなことになったのかはわからない。だけど、会長が色々考えて、先生たちと話をしてくれたのかもしれない。


 誰もそれについてはなにも言わなかったけれど、大和くんは小さな声で「すげえなあ」と言った。

 私たちが、叫んだ思いが伝わって、ほんの少しだけ形を変えていく。



「ただいま」

「あ、お帰り、輝」


 
 玄関にはもうお父さんの靴があった。
 リビングから顔を出して、お母さんが「御飯食べるでしょ」と笑顔をみせてくる。


 私が本当に伝えたかった言葉。
 飲み込んで、ずっと苦しかった思い。



「私」

「え?」

「私、いじめなんて、してない」


 私の言葉に、お母さんが声にならない「え」を発して驚いた顔で私を見つめた。
 リビングでテレビを見ていたお父さんも顔を上げた。


「……してないの」


 してないんだ。本当なの。

 なかったことにしないで。謝って、会話を避けたりなんかしないで。

 私に、聞いて欲しかった。

 "そんなこと、してないよね?"って。"本当なの?"って。確かめて欲しかった。なにも言わずに頭を下げたりなんてしてほしくなかった。


「なんで、なにも、言ってくれないの」


 いっそ、私がいじめたと決めつけて怒られる方がマシだった。
 私になにも言わずに、なにもなかったかのように笑わないで。

 そしたら私は……今までずっと、言えなかったことが言えたのに。


「私、1年の頃から、みんなに無視されてた、の」


 あの事件から友だちがいなくなったと思ってたでしょう?
 でも本当はずっと前から、私はひとりだった。

 それを隠すように必死に笑ってたんだよ。


 言えなかった。言いたくなかった。だけど、ほんの少しだけ、耳を傾けて欲しかった。


——『翔子ちゃんは元気?』

——『今日は、誰と遊んでたの?』


 本当は答えようがないこと、知ってるくせに、なんでそんなこと言うの。私の答えがウソだってわかってるくせに、なんでそれを無視するの?


——『高校はどう?』

——『友達と遊んでたのね』


 どうして高校に入ってからの友達の話を、疑うの?

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