横顔の君




えっと、それで主人公は友達ともめて…



あれから数日…
ファンタジー小説を10巻まで読み切った私は、また古本屋さんへ行くことを決めた。
今日は『水面』の話もするつもりだから、またぱらぱらとページをめくって、あらすじを確認した。



「早いですね。もう全部読まれたんですか?」

「はい、続きが読みたくてたまらなくて…」

この日、私は長編ファンタジー小説の11巻から20巻を購入した。
最初の方は一巻も欠けることなく本棚に並んでる。
だから、当分はこの本を買うことに決めている。
これがある限り、ここに来る口実には事欠かない。



「1500円になります。」

お金を払い、本を袋に詰めてもらう間に、私は勇気を出して口を開いた。



「せ、先日、本屋さんで話題になってた本を読みました。」

「そうですか。何を読まれたんですか?」

あの人が顔を上げ、私を見て微笑んだ。



「あ、あの『水面』っていう本なんです。
ご存じですか?」



しらじらしい…
あの人が読んでたから私も真似して読んだものなのに…



「その本なら僕も最近読みましたよ。
とても面白かったですよね。」

あの人は私の嘘には気付かずに、予想していた返事をくれた。



「え、えぇ…本当に面白くて私平日だっていうのに夜更かしして一気読みしてしまって…
次の日すごく眠かったです。」

私がそんなことを話すと、あの人はくすりと笑った。



「主人公が、喧嘩した友達と和解したシーン…すっごく感動的でしたよね。」

「そうですね。
あの物語は、とても感情移入しやすいっていうのか…
描写がうまいせいか、引き込まれてしまいますよね。」

「そうそう、まさかあの芸人さんがあんな素敵な作品を書かれるとは思ってもいませんでした。
しかも、あれが処女作なんですよね?」

「僕はあまりテレビを見ないので知らないんですが、あの本とその芸人さんはそんなにギャップがあるんですか?」

「ええ、テレビで見る印象とは、まるで違う人みたいですよ。」

「そうなんですか…」

ほんの束の間の他愛ない会話がこんなにも幸せだなんて…
やっぱり、あの人と私は感性が似てるんだ。
そう思うと、身体がぞくぞくするほど嬉しかった。
そして、会話を交わす間にも、今、あの人が読んでる本を片目でチェックする。



『けれども、その思考は現実へと変化する』

なんだろう?
自己啓発本?
よくわからなかったけど、とにかく私は、その本のタイトルをしっかりと記憶した。
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