ヒーローに恋をして
 何分経ったかわからない。

 気がつけば布団に寝かされて、ずっと唇を貪られている。重なり合う口の間から漏れる水音と荒い息遣い。そんなに大きな音であるはずがないのに、無音の室内ではやけに目立って聞こえた。

 絡む舌の、その強すぎる刺激に訴えるように肩に拳をあてても全然聞いてくれない。空いた両手で宥めるように桃子のまだ濡れた髪を梳いて、そのまま頭皮を撫でる。その感覚も新たな熱を生んだ。

 どうしてこんなことになってるんだろう。

 熱に浮かされた頭で必死に記憶の糸を辿る。
 話をしたかったはずだ。コウがなにを考えてるのか、それを聞きたかったはずなのに。

 それなのにどうして自分たちは、思考も理性も必要ないようなことに没頭してるんだろう。

 そしてどうして私は、それを受け入れてしまってるんだろう。

 ふいにひやりとした感触が脇腹のあたりにあたる。コウの指先が、桃子のスウェットの裾を捲り上げていた。
 その瞬間、頭を覆っていた靄が立ち消えた。体全部を使って手足を強く動かすと、それまでと様子が違うことに気がついたのか、コウがキスをやめて顔を覗きこんだ。

「どうしたの?」
 どうしたの、じゃない! そう怒鳴りたかったけど、呼吸を整えることを優先した。コウの肩を押して起きあがる。
「な、にしてるの……っ」
 まだ心臓がバクバクと鳴っている。コウの顔を見れない。
 
「わからない?」
 
 腕を引かれた。独特の緊張感が立ちのぼる。腕をつかむコウの手は、風呂上がりの桃子の手より熱い。その熱に促されるように、そっと顔を上げた。
 コウの目が熱を孕んでいる。起き抜けに清廉に見えた黒い目は今、ゆらりと焔が垣間見えた。
  
「ももちゃんが好きだ」

 迷いもためらいもない口調だった。
 
「好きだからキスしたいし触りたいし、一緒にいたい」
 
 するり、とこめかみにコウが触れる。肩が大きく揺れた。乾かしてない髪がべたりと首筋に貼りついて、冷たさを感じるはずなのに全然そんなことない。
 コウが唇をふっと上げる。キスしたばかりのその唇。心臓がぎゅっと絞られた。

「好きだから、会いにきた。ももちゃんを独り占めしたくて、マネになってもらった。それに」
 髪を弄んでいる指が、そのまま横に滑って頬を撫でる。その些細な刺激にも胸が高鳴る。

「好きな子には夢を叶えてほしいでしょ。だから俺ができることはしようって思ったんだ」
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