ヒーローに恋をして
 コウが勢いよく立ち上がった。
「この記事、あんた達か」
 戸口に立つユリアに向かって、吼えるように叫ぶ。

 あんたたち?

 コウの後ろ姿を、ぼうっと見る。
「コウ、落ち着け」
「俺が断ったから、だからこんなことしたのか」
 宇野の制止を振り切って、コウは怒鳴る。電話中の藤倉が驚いたように振り返る。

 断った? なに?
 なんのこと?

「そうよ。言ったじゃない、諦めないって」
 ユリアはコウの糾弾にあっさり頷くと、形の良い唇をつり上げた。
 カツン。
 高いハイヒールの足音が、フロアに響く。藤倉が慌てたように電話を切った。

 桃子のとまどう表情を見て、ユリアがくすりと笑う。
「コウ君、トウコさんになにも言ってなかったんだね」 
 言葉の意味がわからない。それなのに嫌な予感が、ざわりと肌を這う。

 ユリアは手近なデスクの椅子に座って足を組むと、
「うちの社長がね、コウ君のこと欲しがってるの。移籍の話聞いてからずっと狙ってたのに、こんな小さい事務所に決めちゃってビックリ」
 そう言ってチラ、とフロアを一瞥した。

「マネージャーさん、取引しません?」

 とりひき。
 言葉が頭の中をぐるりと回る。

 ユリアはゆったりと両腕を胸の前で組んだ。
「今から出版社に連絡して、この記事の訂正をしてもらいます。その代わり、コウ君をうちの事務所にくれませんか?」
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